【小説】マイティー教
僕の高校では放課後になると校舎内をオートバイで爆走する集団がいて、自分達のことをマイティー教と称している。
教祖は三年生の長谷川マイティー。
長谷川マイティーはどっかの国の国王の娘で、教師も含め誰も注意することができない。彼女の機嫌を損ねようものなら戦争になりかねないし、そうじゃなくてもその国からしか輸入できない燃料があるだとかで、良好な関係を保つ必要があるのだ。
よってマイティー教じゃない生徒は、マイティー教の生徒と下手に関わらない方がよい。さいわい、マイティー教の生徒は簡単に見分けることができる。
彼らは常に「すこすこー、すこすこー」という鳴き声を発しているからだ。
どうやら、アイドルやアニメのファンなんかが「好き」を「すこ」と云うらしい。たしかに「すこれ」とか「ほんとすこ」とか「すこすこ」という表現をネットでよく見る。
しかし、教室で僕の隣に座っているオヅヅくんは「違う」と首を横に振った。
「あれはskrt skrtだ。ラッパーが曲の中でよく云うんだよ」
「え! もしかしてあの、スクースクーってやつ?」
「そうだ。それがたまに、スコスコーと聞こえることがある。マイティー教の連中が云っているのはそれだろう」
「そんなことより、オヅヅくんはヒップホップを聴くんだね!」
「ああ。まさかきみもだったとはね」
共通の趣味を持つ人間を見つけられて、僕は嬉しかった。
放課後になって、またマイティー教の生徒がオートバイを乗り回す。廊下や階段では、撥ねられた生徒が血だらけで倒れている。僕とオヅヅくんはそれらに構わず、一緒に学校を出て駅前のディスクユニオンに行った。
ヒップホップのCDをディグるんだ!
「知っているかい? このMIXテープがやばい。西のサンタモニカサンタサンタというクルーが去年にリリースした作品だ。試聴してみろ」
「うわ! なにこれ! これもヒップホップなの?」
「広く捉えればそうだ。細分化するなら、和製ドリルミュージックと云ったところかな。きみはオールドスクールに偏っているようだが、ヒップホップは一枚岩じゃない」
オヅヅくんの知識量には舌を巻いた。高校生離れした音楽偏差値だ。聞けば、兄がプレイヤーなのだという。格好良い!
「もっと教えてよ、オヅヅくん!」
「ああ。それなら取っておきを――」
そのとき、僕の目の前でオヅヅくんの身体が吹っ飛ばされた。空中を何回転もした後、壁に激突して床に落ちた。全身がおかしな方向に折れ曲がり、血まみれだ。
オートバイに乗ったまま店内に入ってきた奴がいて、オヅヅくんを撥ねたのだ。
「すこ! すこすこ! すこすこすこー!」
マイティー教だ。こいつら、とうとう学校の外にまで!
救急車が到着したときには、既にオヅヅくんは息絶えていた。友達になれると思ったのに。彼の取っておきを、まだ教えてもらっていなかったのに。
嗚呼、僕らの青春はマイティー教に壊される!
この事件を契機に、僕はマイティー教と戦う決意をした。
そして、そんな生徒は僕だけではなかった。学校には既に、マイティー教を打ち倒すための集団、アンチ・マイティー・ソサエティが存在していた。僕はそこに迎え入れられた。
「勝機はある。奴らの神を奪えばいいのよ」
アンチ・マイティー・ソサエティのリーダーであるダッチワイフ先輩は語った。
「長谷川マイティーの本名を知っているかしら?」
「知りません。舞子とかでしょうか」
「違う。長谷川ミツコよ。彼女自身の名前には、ちなんでいないの」
「じゃあ、なんなんですか。マイティーというのは」
「MY T――私のTという意味なのよ。Tは誰だと思う?」
「さあ……」
「トムヤンクン。長谷川マイティーの彼氏につけられたあだ名だわ」
「どうしてそんな、食べ物のあだ名を?」
「彼はツトムという名前だった。それがトムやんと呼ばれるようになった。そこにくん付けした結果が、トムヤンクン。運が悪かったのよ……」
ダッチワイフ先輩はどこか遠くを見つめた。
「長谷川マイティーの国の言葉で、トムは父、ヤンは子、クンは聖霊を意味するの。そのせいで、トムヤンクンは三位一体の神となってしまった」
「え! じゃあマイティー教の神というのは……」
「彼のことよ」
後から聞いた話だが、トムヤンクンはかつて、ダッチワイフ先輩の彼氏だったらしい。それを長谷川マイティーに寝取られてしまったという話だ。
ともかく、トムヤンクンがいなくなれば、もうMY Tなんて云えなくなる。
それからの五年間、僕は厳しい修行に耐えた。世界中から招致された格闘家たちのシバキを受けて多くの者が死んでいったけれど、最後まで生き残った。
「本当に強くなったわね。貴方に決めたわ」
ダッチワイフ先輩は僕を選んだ。それは〈ツ〉を取り戻す旅に出る者だ。
ツトムはトムヤンクンへと変わる過程で〈ツ〉を失った。だから〈ツ〉を取り戻せば、トムヤンクンはツトムへと戻ることができる。
「気を付けて。きっと帰って来て」
旅に出る前夜、ダッチワイフ先輩は僕とエッチした。アンチ・マイティー・ソサエティのみんなが憧れていたダッチワイフ先輩と僕が……。僕は初エッチだった。
それから、さらに十五年。僕はようやく〈ツ〉を取り戻して帰って来た。
マイティー教はその支配を完成させており、逆らう者はみな殺されていた。僕を迎えたのは、校門に縛り付けられたダッチワイフ先輩の惨殺死体だった。
必ず、すべてを終わらせる……。
僕の格闘術を以てすれば、マイティー教の奴らは相手にならなかった。オートバイに乗って次々と襲い掛かってきたが、全員ぶっ倒した。
「すこすこ!」
「すこすこすこ!」
「すこすこすこすこすこすこすこ、すこーーーん!」
オヅヅくんは、この点では間違っていたのだろう。こいつらのすこすこはヒップホップのスコスコーじゃない。そもそもスクースクーだし、ヒップホップを聴くセンスがないからマイティー教なんかに染まってしまうんだ。
僕は長谷川マイティーが待つ屋上に辿り着いた。
真っ赤な空の下で、長谷川マイティーは真っ赤な五右衛門風呂に浸かっていた。
その隣には、無表情のトムヤンクンが棒立ちしている。
「あんた――」
長谷川マイティーが嗤う。
「ビブリオマニアよりも恥ずかしい言葉って、あると思う?」
僕はその質問を無視して、トムヤンクンに歩み寄る。そして〈ツ〉を彼に戻した。
「終わりだ、長谷川マイティー。これで彼はツトムに――」
「あははははははははははははははははははははははは!」
長谷川マイティーが五右衛門風呂から飛び出した。
全裸だ! ダイナマイトボディだ!
「あんたの目論見は失敗だ! ツトムのイニシャルはなんだい?」
「え?」
僕は愕然とする。
そんな……嘘だろ……?
ツトムもTじゃないか!
MY T教は揺るがない!
「ボケが! すこれねえんだよ、てめえじゃあなあ!」
長谷川マイティーの腕が僕の腹を貫く。
腕を引き抜かれると、僕は床の上に倒れる。
「もう一度訊く。ビブリオマニアよりも恥ずかしい言葉はあるか?」
「ない……そんなの、あるわけがない……」
血が流れ出すにつれて、意識が遠ざかっていく。
すべて、無駄だったのか? 僕がしてきたことは……。
「無駄じゃないよ」と、トムヤンクンの声がする。
もうなにも見えない。暗闇の中で、最後にその言葉を聞く。
「きみが持って来てくれた〈ツ〉を使って、血を土にする。そこに花を植えよう」
ち→ツち。
膣にされなくて良かった。土で良かった。
トムヤンクン、すこだ…………。
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