【小説】空気読め
今年の春に入学した女子中学校のクラスで、私がいつも仲良くしていた友達四人が立て続けに自殺した。まず安達玲衣が浴槽で手首を切って、翌日に石垣美雨がマンションの屋上から飛び降りて、その翌日に上島優が自室で首を吊って、そのさらに翌日に浦野麻央が薬を大量に飲んで死んだ。
この友達グループの中で私だけが残っているので、クラスの人達はみんな口には出さないものの、『次は押井さんかぁ』という目で私を見てくる。
いや、知らないし。死にたくないし。
て云うか、どうして玲衣と美雨と優と麻央は自殺してしまったんだろう? そんな素振りはまったくなかった。連続しているとはいえ別々に死んだのだから集団自殺とは違うんだろうけど、もし何か申し合わせていたんだとしても、私は聞いていなかった。
仲間外れにされたような気分になって、寂しい。
でも死にはしない。当然だ。麻央の死を知らされた翌日、私は普通に生きて登校する。クラスメイトの沖つばさが前の晩に焼身自殺したことが発覚する。
おかしい。沖さんは私とも、死んだ玲衣達ともあまり親しくなかった。
そこで、この奇妙な自殺リレーの法則性に気付く者がいた。
出席番号順だ。一番・安達玲衣。二番・石垣美雨。三番・上島優。四番・浦野麻央。五番・沖つばさ。ちなみに私が六番なんだけど、入学当初の席は出席番号順に並んでいて席が近い者同士で友達になったために、私達の友達グループが集中的に死んだ恰好になっていたわけである。ウマが合わなかった沖さんは例外で……。
それにしても、まただ。私が六番なので『じゃあ、今度こそ次は押井さんかぁ』という空気がクラス全体に漂う。「いやいや、死なないから!」と云っても、みんな「え、そんな心配してないよ?」とすっとぼけてくる。そのくせ陰ではコソコソ、それについて話しているのだ。そういうのは空気として伝わってくるのだ。
何なんだ。こんなの理不尽じゃないか。
強いプレッシャーを感じるけど、死にたくない……。死ぬものか……。
そして次の日には、佐山朝顔が電車に飛び込んで自殺したことが分かる。彼女の出席番号は十四番。みんなが「あれっ」と首を傾げたが、やがてひとりが思い至る。
出席番号順じゃなかった。しりとりゲームだった。
あだちれい、いしがきみう、うえしまゆう、うらのまお、おきつばさ、さやまあさがお。
どういうわけか、自殺者達の名前はしりとりになっていたのである。
ならば次は〈お〉から始まる名前。このクラスで該当する者は、押井由加里、つまり私しかいなかった。
『まただ』『また次は押井さんだ』『もしかしてこれ、押井さんが死ぬまで続くんじゃないかな』『じゃあ押井さんが死なないと、また別の法則で誰かが死ぬの?』『迷惑だなぁ、それ』『押井さん、さすがに空気読んで欲しいよね』
ああ、圧し潰されてしまいそうだ……目に入るものすべてが私を責め立ててくる……空気を読まない私を責め立ててくる……。
『空気読め』『空気読め』『空気読め』『死ね』『死ね』『死ね』
し、死にたくない……嫌だ……怖い、怖い、怖い……。
夜になっても眠れない。私はおかしくなっているのだろうか? 何度か、魔が差すように、もう死んでしまおうかと考える。手首を切るカッターを用意してみたり、首を吊るロープを用意してみたりする。しかし直後には正気に戻って、怯える。
結局、朝になって、一睡もしないまま学校に行く。教室に這入った私を、みんなが無言で睨んでいる。足に重りを結び付けて川に入り溺死したことが明らかとなったのは倉田メグ。私の友達グループじゃない。出席番号順でもない。しりとりにもなっていない。しかし教室の座席を見れば、その法則性は一目瞭然だった。
次に私が死ぬことで、空席が四角形を描く。
もう駄目だ。
私は教室の中を駆け抜けて、三階のベランダから頭を下にして飛び降りた。
●
目覚めると、私はあの世にいる。足元を真っ白な雲が果てしなく続いていて、頭上には雲一つない青空が果てしなく続いている。
すぐ近くにテーブルがあって、先に死んでいた玲衣、美雨、優、麻央、沖さん、佐山さん、メグちゃんがそれぞれ椅子に腰かけている。
全員が、呆れ返った顔で私を眺めている。その視線は、私を軽蔑さえしている。
「あんたさぁ、空気読みなよ」
玲衣が溜息まじりに云った。
「あんたは自殺しない流れだったじゃん」
「次こそ押井さん、次こそ押井さん、って思わせておきながら、別の人達が死んでいって、その度に新しいルールが発見されるって流れでしたよね?」
「なに中途半端なとこで死んじゃってんの?」
「つーかー、これまでのパターン的に死ぬにしても放課後まで待つべきだしー」
「あとさぁ、みんな自殺の方法が被らないように工夫してたの気付かなかった?」
「〈飛び降り〉は美雨ちゃんが既にやってる」
「なんだよー、終わっちゃったじゃんかー」
「あークソ。せっかく、先の先まで考えてあったのにさ!」
「どうするんですか、これ。まだ死ねてないクラスの人達、たくさんいますよ?」
「仕方ないじゃん。勝手に死んじゃうんだもん、そいつ」
「ほんと使えないなー、由加里ちゃんはー」
「全っ然、空気読めないよね! 前から云いたかったんだけど!」
「それキャラ作りでやってんのかと思ってたわ」
「キャラ作りだとしてもウザくない?」
「ウザいウザい。こいつ無理ぃ~って思いながらいつも見てた」
「こちらが綿密に立てた計画を天然ボケに潰されるのって、腹が立ちます」
「だよねー。本人に悪気がないってのも一番困るよねー」
「おいコラ、どう思ってんだよ押井。反省してんだろうな?」
みんなは段々と私を責めることに情熱を燃やし始めて、それは天国で退屈していた彼女達にとって絶好の遊びになる。私への非難は永久に続いて、私はただただ「ごめんなさい……ごめんなさい……」と謝り続けるしかない。
そうか……。場合によっては、空気を読まないことが空気を読むことだったりするんだ……。
私には難しすぎる……。
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