運気ランキングって正直胡散臭くないですか?(個人の意見)

今日のゴールデンで運勢やら開運を前面に打ち出した番組が放送されているのを見て、正直この番組の製作者は何が面白いと思って放送しているのだろうと思った。
僕は運勢やら風水を全く信じていない。
また、それを熱狂的に信じる人に対してある種の恐怖を抱いてしまうし、できればお近づきにはなりたくはない。
数ヶ月前に友達の家に数名集まって夕食をご馳走になりに行った時に、同じような番組の血液型と誕生月による「今年の運勢ランキング50」的なものが発表されており、見事に僕の順位は下から5番目ほどだったが、そこに居合わせた1人が自分のランキングが上位3つに入るとわかった途端狂気の沙汰と形容してしまうほど喜び、すかさずそのランキングをスマホで撮り、知り合いに報告するのを見て、僕は寒気がした。
なぜ、この人はどこの誰がどういう権利を持ってどういう風に決めたかもわからない、ただの血液型と誕生月によって分けられたランキングをこれほどまでに信じることができるのだろうか。
僕には全くわからなかった。
その後よく考えてみると、この世界には宗教といった形のないもの(思想という意味で)が世界中に存在し、多くの人がそれを信じているように、運勢もその類なのかもしれないとも思った。
かく言う僕も初詣ではおみくじを引くが、別にどんな運勢が出てもこれが僕のこれからを表す、ましてや左右するなどとは微塵も思ってはいない。
友達とどっちがいいか競う程度の馬券を買う様な一種のエンターテイメントの為にお金を払うのと同義なのである。
僕はその体験に対してお金を払っておみくじを引くのであり、運勢を知ろうと引くわけではない。
というか、こんな200円のおみくごときで僕のこれからが幸か不幸かわかってしまう、もしくは決まってしまうほどの人生なら全然面白くない。
僕の生き方の決定権はいつだって僕にあり、薄っぺらい安物の紙切れごときに振り回されてたまるものか。

まぁ、人は何かにすがっていないと生きづらくなる生き物なので、ある程度は形ないものを信じてみても良いのかもしれないが、「今日のラッキーカラー」などというものを見て着ようと思っていた服をラッキーカラーにチェンジする人にだけはなりたくない。

#コラム #運勢 #風水 #おみくじ

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