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第1話 「アオゾラ」

 「雨が降るまであと10秒」

少年は雨が降る時間を正確に知っていた。

 「5、4、3、2、1_________」

少年がカウントダウンをし終えると同時に激しい雨が降り始めた。


                ***


 1991年、砂漠化の影響を受けている土地は地球の陸地面積の4分の1に当たる36億ヘクタールに達した。これは乾燥地域、半乾燥地域などにおける耕作可能面積の7割に相当する。そして、世界人口の6分の1にあたる9億人の人々が砂漠化の影響を受けている。 この頃から日本政府は地下移住を計画していた。日本は地震大国であり、さらに放射線を地下に埋めて処理していたこともあり日本大陸直下に移動することは懸念されていた。しかし、深海を掘り進むのは困難で、自国の直下に移動するしか方法は無かった。 2014年人類は地下で生活している。60億人いた人口は1億人までに減少した。地下には空も無ければ海も山も無い。それが当たり前の時代に生まれた少年少女たち。彼らには自分の未来が、どこまでも高く青い空があったときのように輝いて見えるのだろうか?

  2014年 4月 新学期第一中等学校 2年1組 ホームルーム 

進路希望票が配られる。

「まだ2年生で実感がわかないかもしれませんが、2年になってからの進路変更はできません。将来の目標に向けて具体的な計画を立てること。明後日までに全員提出するように。」 

 この第一中等学校では1年は入学試験の成績順に3クラスに振り分けられ、2年では部活動、得意科目などを考慮の上Aクラスは理系、Bクラスは文系、Cクラスはアート・スポーツ系に分けられる。3年では希望進路によりクラス編制を行うが成績で進路が決まるため2年のクラス編成がそのまま反映される。Aクラスは第一高等学校、Bクラスは第二高等学校への進学がほぼ確定している。とくに第一高等学校はエリートで名門第一大学への進学が約束されている。一方Cクラスは専門の高等学校へ進学する者もいるが前年度は進学せず何らかの職業につく者が8割を占めた。 

「進学希望、第一希望は第一高等学校っと」 

「こういう書類みたいなの書くの僕苦手。」

 皆が早速進路希望表に記入している中、青木 ソラだけが肘をついて窓の外を眺めていた。

 「それから今日は雨の試運転があるので午後の授業はありません。ただし15時から17時の間外出しないように。今回の試運転は豪雨の地盤への影響を調べるもので、第1ターミナルから第3ターミナルまでの区間は大変危険です。」

 ソラは未記入の進路希望表を鞄にしまう。起立、礼を合図におのおの帰り始める中、暖 南(ダン ミナミ)がソラに話しかける。

「ソラ、これからみんなで図書館行かない?私もミノも一高の偏差値ギリギリなんだよね。」

「あー、ごめん俺パス。雨の試運転気になるし。」 

「あ、僕も気になる。」

ミナミの双子の弟、ミノルも話に加わる。

「えー。まぁ、ソラは偏差値余裕だもんね。ミノはそんなの気にしてる場合じゃないでしょ?来週模試もあるし。」 

「えー僕もソラと一緒に行きたいよ。」 

「ダーメ。ソラ、雨はいいけど明日の約束忘れないでよ?」 

「え?ああ、博物館13時集合な」 

「うん。覚えてるんならいいけどさ。」 

「じゃっ」

ソラは教室を後にした。 

「あーあ行っちゃったじゃん。ミノなんで引き止めないのよ。」 

「えー?ミナちゃんがソラのこと好きなのは知ってるけど、好きならソラについてけばいいじゃん。僕もソラのこと大好きだから一緒に行きたかったなー」

 「ミノの好きと私の好きは違うし。それにソラのこと好きだけど、雨とか地上の生活を連想させるような実験にいつまでも夢中なところ直んないかなー。地上生活なんて夢物語信じてるようじゃまだまだおこちゃまなんだからー。」

 「そうかなー。僕ソラかっこよくって憧れちゃうな。僕もソラみたいになりたい。ミナちゃんもそうでしょ?」

 「もういーい。ほら、早く図書館行くよ!今のうちに偏差値上げてソラと同じ高校行くんだから。」 

 「早くしないと雨始まっちゃうしね」 

  廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。 

 「ソラ」 

 振り向くとそこには見知った顔があった。 

 「トール・・・」 

馴染みの顔なのにいつも違う違和感を感じジーっとトオルを見つめるソラ。「あぁコレ?」と頭に乗せたベレー帽を指差しながらトオルが答える。 

「この帽子イケてないだろ?」 

「いや、イケてないっていうか、それCクラスの帽子じゃ・・・」 

 Cクラスは放課後に部活動が義務づけられており、アート学科はベレー帽、スポーツ学科はキャップを被ることになっていた。 

「あぁ、3年からCクラスのアート系に移動したんだ。」

「移動って、なんで?しかもアート系ってなんで急に?トールは1年からずっとAクラスで成績もトップだったじゃん。」 

「学校の決定だよ。別に勉強したくてやってたわけじゃないし断る理由が無かった。」 

「学校の決定?トールなら一高入学確実だし、学校側だって進学率上げたいはずなのに。なんでまたCクラスなんかに・・・」 

「あー、お前今Cクラスを侮辱したな?」 

 「ごめっ」 

「冗談だよ。じゃー俺今から部活だから。人の心配なんかしてないで自分の進路真面目に考えろよ?どーせまだ進路希望表記入すらしてねーんだろ?」

 「部活って、何部だよ?」 

 「まだ仮入部期間だよ。バーカっ」

 笑いながら立ち去るトオル。だが、ソラには人生に絶望したような、すべてを諦めたような、そんなどこか寂しげな顔に見えた。


                ***


ソラは雨の試運転を見に第1ターミナルの側まで来ていた。 

「えーっと、範囲は第1ターミナルから第3ターミナルだから、ここなら濡れないよな。」 

 ソラは腕にはめた時計に目をやる。 

 「5、4、3、2、1」

 15時丁度、サイレンの音とともに水が降ってくる。まるで空から雨が降っているようだった。空を見た事のないソラにとっては想像通りという表現が的確かもしれない。

 「すげー。ホントに降ってきた。ここも濡れそうだな。」 

激しい雨にソラは一歩後ずさる。すると第1ターミナルから傘をさした人影が歩いてくるのが見えた。スカートを履いていることから少女だということが分かった。 

 「傘?」

 地下生活に傘は必要ない。にも関わらずそれを持っていることを不思議に思いながらソラは近寄ってくる少女から目を離せずにいた。少女はソラの側まで来ると傘を閉じた。同時に傘で隠れていた黒く長い髪が見えた。

「黒・・・髪?」

 珍しい髪色に驚いていると少女と目が合った。その瞳は髪と同じ黒だった。地上にいるころ、日本人は黒髪に黒い瞳が通常だったらしいが、地下で生まれた人々はほとんどが明るい茶髪で瞳も明るい色だった。初めて見る黒髪に驚いてしばらく見つめ合っていたようだった。すると不意に少女が話しかける。

 「晴れた日の空みたいに青い瞳なのね。」 

 「空みたいに、青い?」 

 ソラは空が青いことを初めて知った。 

「そっか、君は青空を知らないんだ。」 

 「アオ・・・ゾラ・・・?」 



 つづく        

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