【シロクマ文芸部】『古びた石碑に秘めた話』
『愛は犬』
そこしか読めなかった。
たまたま旅行先で見かけた石碑を見ていたら、随分大昔に彫られて、雨風に晒されて風化してしまったのだろう。
実際は『……愛……は犬……』ので、それ以外にも何か長々と書かれていたみたいだが、ちゃんと文字として認識できるのは、それくらいだった。
普通の旅行客だったら、『ちんぷんかんぷんだな』とか言って、このまま去ってしまうだろう。
だが、私の『疑問が出たら徹底的に解明しないと気が済まない』性分が出てしまい、何としてでも、この石碑に書かれているものが何かをはっきりせねばならんという気持ちに駆られていた。
こういう時に一番いいのは、この町の資料館だろう。それか歴史博物館か。
私は観光案内のパンフレットをホテルのロビーの隅っこに重ねて置いてあるのを一部取って、歴史が学べる所がないか、探してみた。
すると、『歴史博物館』を見つけた。
私はすぐバスに乗って、そこに向かった。
着くと、すぐさま石碑の事を係員に聞いてみた所、こちらですと案内してくれた。
そこは、常設展されている部屋の、順路で言えば最後らへんに置かれていた。
細々とした写真やボロボロの巻物がガラスのシールドの向こうで置かれていた。
その中で、私が先程みた石碑と同じ写真が等身大で飾られていた。
この写真では、文字がハッキリとしていて、また、読みやすいように下の方に原文と現代語訳の両方が書かれたプレートが置かれていた。
この現代語訳とその他資料を見た結果、この石碑に書かれていたのは、こうだった。
太古の昔、今となっては観光都市だったこの地が、山や畑だらけだった頃。
パッと見たら、どこにでもある過疎的な村だが、ある風習があった。
犬神の生贄だ。
村の中から一人15歳を越えた少女を山頂にある神社に奉納に行く。
そうすると、一年村が豊作になるそうだ。
その年は、お菊(諸説あり)という女性が生贄に選ばれ、神社に奉納された。
お菊は、つづらの中に入れられてきたのだが、禁じてである自ら箱を開けてしまった。
その時、犬神に出会った。
お菊は犬神の姿を見た途端、その美しさに一目惚れし、犬神もまたお菊に惹かれ、二人はたちまち親密な関係になった。
これをたまたま目撃した神社の神主が、慌てて村に行き、事の一部始終を話した。
これを聞いた村の人達は立ち上がった。
過去に犬神と生贄の娘が不義な関係を結んだ事により、大飢饉に見舞われたという言い伝えがあったからだ。
村の人達は、一揆を起こすように斧やクワなどを持って、神社に押しかけた。
そして、お菊と犬神が床についているのを見た村の人達は確信し、たちまち攻撃した。
お菊と犬神は彼らから逃げて、逃げて、逃げて、逃げた。
しかし、怒り狂った村人達の猛威は留まる事を知らず、お菊と犬神は崖まで追い詰められてしまった。
二人は覚悟を決め、抱き合うようにして、飛んでいった。
たった一夜の二人の恋は滝壺の奥底へと沈んでいった。
そして、最後には私が部分的にしか読めなかった『……愛……は犬……』の全文が書かれていた。
『この禁断の恋愛伝説は犬神菊町の名称になった元とされています』
この展示の最後には、展示会に訪れた方のアンケートが個人名を伏せて展示されていた。
その中に、あるイラストレーターが、犬神と少女のイラストを描いていた。
二人が和装で結婚式を上げている絵だった。
それを人間の人達が祝福していた。
現実でもそういう未来だったら大飢饉は起こらなかったのかもしれない。
その絵を見ながらふとそう思った。
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