りさこ

秋田を拠点に活動する2人組拳系アイドルユニット《魔夜中保健室》ボーカルの片割れ、りさこ…

りさこ

秋田を拠点に活動する2人組拳系アイドルユニット《魔夜中保健室》ボーカルの片割れ、りさこのnoteです。

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ごあいさつ。自己紹介。

ごきげんよう。りさこと申します。 《魔夜中保健室》というユニットをやっています。 4月24日生まれ、牡牛座のB型。 好きな食べ物は、数の子とチョコビスケット。 好きなお酒はウイスキー、ラム酒、赤ワイン。 洋酒ってお菓子みたいな味わいがあって好き。どっちかっていうとお菓子が洋酒使ってんのか。 趣味は喫煙、特技は喫煙所探し。 美術大学を5年で卒業し、就活にも一切手を染めず、まっさらな職務経歴で世間に放たれること早1年。 いや、もはやまだ世間に放たれてすらいないのかもしれない。

    • オレンジの切り口を見つめて

       時刻は23時半を回る。私の車も時速40キロほどでノロノロと回る。バイトの帰り道は信号機すらもう仕事を終え、チカチカと点滅して休息をとっている。  今夜は上弦の月だが、なんだかやけに赤みを帯びている。バイト先を出た頃はそんなことなかった気がしたから、15分ほどでその姿を変えている。橙色になった半分の月は、まさに切ったオレンジの果実のように見えた。  どこかの国のことわざに、『オレンジの片割れ』という言い回しがある。(スペインらしい。今調べた。)いつかどこかで聞き齧った言葉だ

      • 夏夜の引金

         最近、星見てますか?  星を見上げるのが好きだ。  特に少し暑くて、日没からどんどん涼しくなって瞬きの間に夜になっているような日の、肌触りよい風に撫でられて眺める星は最高だ。  しかし星のことはあんまり知らなくて、昔図鑑で調べて全く知らないわけではないはずだけれど、その知識もあまり覚えていないのだ。ただなんとなく、いつかの夏に見上げた空にどんどん近づいていって、吸い込む空気も生温くなっていくことが喜ばしい。  『枕草子』においては「春はあけぼの」をはじめとして四季折々

        • 募集します

           隣の席の男子のノートのらくがきが見えて、それが妙に上手かった時、みたいな感情。  意外な才能やギャップを言い表す際に的確性と少しのノスタルジック補正を加えた絶妙な表現だ。普段はこうしているが、そんな趣味や特技もあったのかと自分だけが知ってしまった感じが堪らない。  私のnoteもきっとそうで、しょうもないカスみたいな生活、経歴で、ステージに立っているというだけでも充分不可思議なのに、ここに辿り着いてしまった人は若干そのような気持ちになったことだろう。いや、そうであってほし

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        ごあいさつ。自己紹介。

          嘘つき

           今思えば、あの子めちゃくちゃ嘘つきだったな。小さい頃よく遊んだあの子。  人気の漫画の最終回を知っているとか、毎朝あの美容院に行っているとか、今考えると全然嘘だったなということも私は何故だかどこか信じていた。私のそういうところに安心していたのか、はたまたカモと思われていたのかはわからないが、その子は私のことが大好きだったのだと思う。  当時そう思っていたというわけではないが、人が他人の気を引こうとしてつく嘘には微量の可愛らしさが混じっている。何故それを言おうと思ったのか

          サイケデリックな花束を

           雨が降っていることに、服を着替え玄関から出てから気がつく。  今日は兎に角何がなんでも唐揚げを食わなくてはならない。朝起きた時から決めていた。久々に、近所にある歩いて5分の定食屋に行くのだ。  雨といっても土砂降りではなく、傘をさしたら全く問題ない程度なので、気にせず歩いて向かう。途中、雨の中自転車で登校する女子高生とすれ違う。そういえば今日は平日か。登校にしては遅すぎるが、人にはそれぞれ事情があるもんな。私だったら遅刻が確定している日、どんな事情であっても雨の中自転車には

          サイケデリックな花束を

          北向きの窓辺から

           ゴールデンウィークが終わった。ずっと掛け持ちバイト三昧で、中には素敵な思い出もあったがやはり体力は削れきってしまい、久しぶりの丸一日の休暇ではほとんどベッドから動かずに過ごした。閑静なと言ったらお上品な感じがするが、本気で人が居ない孤島のような住宅街に住むため、窓の外から聞こえてくる音も鳥の囀り、木々のざわめき、猫の戯れくらいなものだ。排気音といえば出前館のバイクの音くらい。自分が呼んだ。  飯を作る気力も無かったから、デカい弁当を注文して、届くなり「でっけ〜」とバカみたい

          北向きの窓辺から

          下手くそにも震う六弦

           部屋のベッドに座ってギターを弾いた。  いつまで経っても下手な気がして、なんとも微妙な気持ちになりながら音を鳴らす。気がつけばバイトに行く準備をしなくてはならない時間に近づいていく。できれば入りたかった風呂とか、できればとりたかった仮眠を全て諦めることとなる。  時間を作ることが下手で、予定を詰めすぎてしまったり、把握していない休暇が突然訪れては寝過ごしたりしてしまう。そんな日々の中で少しだけ歌を歌う。もう少し上手く生きられたらとか、取り残されていく漠然とした不安なんかを

          下手くそにも震う六弦

          裁判官の憂鬱

          「常に公平性を保つ裁判官のような性格です。」  中学生時分、通知表の担任コメント欄に書かれていた言葉が、なぜだか今でも印象に残っている。  生来自分は物事が1枚硝子を隔てた先で起こっているような気のすることがあり、友人同士の諍い、または自分の関与するそれに対しても良くも悪くも他人事であった。正直言ってどうでもよい。巻き込まれたくはない。  しかし常に避けられるものでもなく、時には関わり合いにならなければいけない場合もある。  そのような時、どちらを立てるでも貶すでもなく当

          裁判官の憂鬱

          様々な形のプレゼント(生誕ライブを終えて)

           ああ、無事に終わったんだ。  顔の全ての筋肉が収縮をやめ、眠気とは違う感覚で瞼が落ちる。昼から晩まで沢山の人に笑顔をもらって笑顔になって、普段使い慣れていない顔の筋肉の方が先に眠ってしまったみたいだ。  午前3時。  さっきまで沢山人がいた場所が静かになって、本当に両手で持ちきれないくらいのプレゼントを抱え、ライブハウスの階段を降りる。  欲しいって言っていたもの(主にタバコ・酒)、大好きな動物の虎モチーフの物、好きなお菓子、素敵な服、お花!等。みんな色々覚えてくれてい

          様々な形のプレゼント(生誕ライブを終えて)

          小さな花

           丸一日休みになってしまった午前0時。ゆっくりと起き上がり、分厚い遮光カーテンと二重窓を開ける。夜だというのに、心地よい風が吹き込む窓辺にほっとする。春だ。たまには頭から噴き出す、まとまらない言葉たちをそのままに綴る。  春は私の生まれた季節で、一年のうち最も幸福で最も憂鬱だ。そわそわする。年齢は記号でこだわることはくだらないと思いながらも、歳を増すごとにそのくだらない記号は意味を持とうとしてくる。親が私を産んだ年齢や、大好きなヤク中のミュージシャンが死んだ年齢を追い越して

          小さな花

          旅する身体、その心の動き

           午前6時50分。旅先である郡山の、銭湯で迎える朝。  アレルギー性鼻炎の薬で異様に眠くなった昨晩がうそのように、仮眠室の点灯でスッキリと目が覚める。寧ろそのくらいの薄ら眠い副作用が入眠に丁度良かったのかもしれない。  現代っ子らしく携帯チェックをしてから動き出し、寝惚け眼で喫煙所へと向かう。ここは朝っぱらから、たったひとつの目的を果たすためだけの人々が入っては出て行くな。  自身も例に漏れず目的を果たすと、身支度をするべく風呂場の脱衣所兼パウダールームへ入る。昨晩から思って

          旅する身体、その心の動き

          無題

           無題という題について、学生の頃考えた。  例えば手癖やそのまま発露された感情を表現したとして、そこには無は存在し得るのだろうか。  単なる批評ではなく、思考の追求として読んで頂けると幸いである。  ひとつ、題がないことの美しさというものがあるとも思う。タイトルの持つ力というものはかなり強い。曲や絵画、小説、このような短文においても、第一印象且つ全体のテーマとなる。  それを定めないことで、全てが鑑賞者に委ねられることとなる。  しかしながら、無題というタイトルを付けておき

          朝の色相環

           朝日が青色を解く絵の具になって余りの光降り注ぐ今日、トーストの焼けるのをただじっと待つ。オリーブオイルも減らぬ日常。あの角を曲がれば君とぶつかって、抱きとめたのは夢であったし。  携帯のアラームが後に起きてきて、なんだか損したような気になる。  コーヒーはインスタントで別にいい。沸ききらない湯、溶けきらない粉。毎日は“別にこれでいい”の連続で、でも偏屈なこだわりもある。朝は憂鬱と希望の紙一重。人はどちらも併せ持ってる。  三文じゃ物思い耽る暇買えず、慌てて鞄を肩から提げる。

          朝の色相環

          日常が日常のまま (生誕イベントについて)

          こちらの写真は、2024/4/21(日)に行われる《閻魔帳ーりさこ生誕ー》のフライヤーに使用しているものです。 本日は、少し生誕のお話とフライヤーのお話をします。 フライヤーは自身で制作しました。 イメージは日本映画や舞台のフライヤーっぽく。 私にとって“誕生日”は限りなく日常で、ただ飲み会をしていたら日付が変わって迎えていたり気がついたら数ヶ月過ぎてしまっていたりするものでした。 以前にもライブが重なって祝って頂いたことはありますが、自主企画として自分で生誕なるものを

          日常が日常のまま (生誕イベントについて)

          ぶんぶく灰皿

          彼岸の入りの一日前。快晴。 父に誘われ、祖父の墓参りへと、祖母と父と三人で行った。 墓参りは多分、中学生ぶりくらいだから、勝手が分からず、箒を持ってうろうろしたり通りすがりの猫を追いかけたりしていた。 風が強くてマッチの火が点かない。タバコをやめた父が、私に「ライターあるか」と聞く。 2本くらい持っていたから、もちろんすぐさま差し出した。ようやく役に立った。 線香をあげて、祖父を思い出しながら合掌していると、祖母が小さな声で「生まれたところに戻ってこられて良かったわ。

          ぶんぶく灰皿