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日記のトロを食い続けたい20230227

・周期

 最近フォレストページとかプロフ帳とか懐かしいものが流行っていますね。僕が小学生くらいの時に流行っていたもの(プロフ帳はその前も昔も流行っていた気もしますね)だから、大体10年前くらいだろうか。この前会った親戚がキャラクターに関わる仕事をしているのだが、キャラクターの売り出し時にも“循環”はついてまわるテーマらしい。


 詳しいことは忘れてしまったけど、人生の節目節目で関わったキャラクターを、対象年代の人に金銭的・心理的余裕が生まれたタイミングで売り出すんだそうだ。例えば、おジャ魔女どれみを見ていた小学生が20代になるタイミングに合わせてリバイバルしているのが一番わかりやすい例かもしれない。他にもスヌーピーを子育ての最中に見ていた母親たちを対象に、子供が成長して余裕が生まれるタイミングで雑貨として売り出す、とか。


 その話を聞いたときは、人間の感情ってそんなに分かりやすく循環するものなんだなあ、と思ったが、憧れの人が書いてすぐ消してしまった“100バズ”とかサイゼリヤが炎上する周期とかのことを考えたら、かなり腑に落ちた。最近は流行がより早くコンパクトに過ぎていって、あまり一つ一つのことを覚えていないが、それもよく見たら意外な共通項をもってグルグルと回り続けているのかもしれない。



・わが子とクソ

 創作をするにあたって、その作り上げた創作を“わが子”と見るパターンの作者と、“排泄物”と見る作者がいるという。僕は完全に“わが子”タイプなので、なんか創作向いてないなあと思う。向いてないっていうか、全然、この創作を通して有名になり、自分のことを肯定してもらい、ファンとかいっぱい作ってちやほやされたいから、自分の創作を冷静に見つめることが出来ないこの性質はめちゃくちゃ不利だ。


 でも書きながら二次創作で名声を得ようとするのはコスすぎるという気もしてきた。そう思うと自分の創作物ってクソすぎている。今度一回印刷して自分で推敲してみようかな。



・タイトル

 個人的な意見だが、日記のトロの部分ってタイトルを付ける瞬間だと思う。わが子のような文章をもう一度読み直して、自分でどうでもいいようなところを見つけて、クールで一癖ある、そのタイトルを見ても全く今日の内容が分からないような言葉を組み立てる。この時間、一番アドレナリンが出ている気がするな。気持ち良すぎる。


 今この文章を打ち込み、こんなんだから一生自分の文章を客観的に読めないんだろうなと痛感した。しょうがなくない?読者いないし。知らんし。黙れし。


・時間

 結局日記を書くのに一番適した時間っていつなんだ。今もう午前の3:30とかなんだけれど、この時間に日記を書く生活を続けたら失敗したから本当はもうやめたい。でも日記って1日に起きたこととか考えたことをまとめる作業だから、やっぱり1日の終わりにやりたいよね。でもずっと確実に体がボロボロになっていく感覚があるんですよ。朝に書くと一番気持ちが良かったんだけど、朝にこんな自己を見つめ直したりしてたら友達をなくしそうで嫌だ。一旦睡眠を挟むことで、ウロボロス的に歪んだ自意識を一般人生を過ごせる程度に調整しているつもりなので。


 マジでどうしよう。一番いいのは午後だけど、学校始まってから多分続かないしな。もう長期休みで余裕あるときのイベントってことにするか。そしたらまた途切れても言い訳聞くし。そうします。ここでだけ、日記は余裕持ってる金持ちのやることってことにさせて!!他ではそんなこと言っちゃダメだよ。


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