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ラーメン

とろっと溶けるようにその夢は終わった。

夜3時、ふと目が覚めた。いくらでも交換のできる、不思議なラーメン屋の夢を見ていた。夢は夢の中だとそれを当たり前に受け入れてしまうから不思議だ。ゆっくりと転がるようにしてベッドから降り、便所にとぼとぼと入り、扉を閉めた。ぼぉーとしながら、ラーメン食べたいなぁ、と思った。夢見心地でトイレのレバーを引いて、水の流れる音と共にドアをあけると、彼はそこにいた。ソファの上で、そこにいるのが当たり前みたいにパソコンのキーボードを叩いて、「起きちゃった?」と聞いた。

少し目を擦ってしょぼしょぼと彼を見つめたが、彼は確かにそこにいた。変な夢だなぁ、と思ったが、不思議と彼は私の夢に自然に溶け込んでいた。プライベート空間を侵害されたようでも、異質なものが入ってきたようでもなかった。彼はただそこに座って、未だしょぼしょぼした目で彼を見つめる私をじぃっと見つめていた。

「ラーメンの夢を見たんだ」と私はいった。夢の中の夢なら、最初の夢の話を夢の中の夢の彼にしたら面白いと思った。彼は私を優しく見つめながら、どんなラーメン?と聞いた。「じゃんがらラーメンの夢。色んなものとラーメンが交換できて、ラーメンの借金もできた」へぇ、と彼はつぶやいた。面白いね。

夢の夢の中の登場人物の彼が、私の夢を面白いというのはなんとも奇妙だったが、不思議な感じはしなかった。ふと思いついて、「あと1時間早かったら近くのラーメン食べにいけたのにね」と言う。彼は悪戯そうに笑って「今空いてるところもあるかもよ」とスマホで検索し始めた。地図アプリに現れたいくつかの赤い印を指差して彼はにぃと笑った。私たちはしばらく悪戯に目線を交わしあって、「行く?行く?」とお互いの様子を伺い合った後、近くの中華料理屋に行くことにした。

午前3時半の目黒川はとても静かで黒かった。その横を静かにてくてくと歩きながら、ワクワクがとまらなかった。こんな静かで淡々とした夢は初めてだったし、飲み屋帰りでもクラブ帰りでもない夜中のラーメン屋は初めてだった。年齢確認の必要のないエンターテイメントが嬉しかった。私は新成人のようにワクワクした。今まで開けていなかった扉を開けたように冒険心が躍った。

ドアについた鈴が鳴る音と一緒に私たちはその中華屋に入った。店員さん1人で朝まで営業しているようだ。私たちの他に四人組の客が追加でお酒を注文していた。

私たちは定番の中華そばを頼んだ。彼がビールを欲しそうにしていたので、それもついでに頼んだ。ラーメンが出てくるまで、ビールを啜る彼を見ながら、なんだか付き合っているみたいだなぁと思った。すっきりとした味の中華そばは、チャーシューとうずら卵が一つずつのっている簡素なものだったけれど、懐かしい味がした。

静かで和やかな夜だった。四人組が自身の不倫話をしている横で静かに啜る中華そばがどうにも美味しかった。店の外は静かで、時折飲み会後の別れを告げる音やタクシーの走り去る音が聞こえた。ゆっくりと最後の一口を食べ終えて、私たちは少しぼぉとした。何百人もの人が一度に通行するように作られた道路わきの店で、通行人のいない空っぽの街の音色を聴きながら私たちはお互いの額の少し上をみていた。なんとも簡素な幸せだった。

店員さんを呼び止めて会計をし、私たちは家に帰った。彼は当たり前のように家の方向に歩き出した。不思議な気はしなかった。

家に帰ってからはよく覚えていない。美味しかったね、と言葉を交わし合った私はすぐに布団に入ったように思う。このまますぐ寝れば、またいい夢が見られるような気がして。

目が覚めた、土曜日12時17分。もちろん彼はいなかった。

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