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ありがとう第2シリーズという怪物

大人になってからわかったことだが、大人だって恋人同士になるまでは非常に苦労しているのだ。だから『ありがとう』という番組は国民みんなが水前寺清子と石坂浩二の恋にやきもきしたり応援したりして高視聴率を得ていたのだ。

さくらももこ、「はまじとの噂」(「まる子だった」収録)より

 
 さくらももこ先生が言ったように、最高視聴率56.3%を叩き出した「ありがとう」というドラマは大人が恋人同士になるまで非常に苦労している番組である。どれくらい苦労するかというとプロポーズするまでに34話かかる。この34話分の苦労の中には「好き」ってただ一言言えば済むのにそれが言えなくてもだもだしちゃうやつだけではなく周囲の人々の勘違いや邪魔も含まれている。「ありがとう」で起こる問題の実に95パーセントは「『言わなくてもわかるだろう』と思っていた」「恥ずかしくて口に出して言えなかった」ということに起因するディスコミュニケーションが原因である。これに当てはまらない残りの5パーセントの事件といえばかまぼこ事件(後述)があるが、とにかく主役の2人だけでなく周りの人たちもディスコミュニケーションを発生させまくる。常に最適化された通信を行うようにプログラムされた機械ではなく、人間同士は時に(このドラマの中ではしょっちゅう)非効率的なコミュニケーションをする。好きと言いさえすれば終わるのに言えなくて34話も時間をかける。でもその非効率の中にこそドラマがある。


十虎之介starring石坂浩二という怪物

 さて十虎之介の話である。主人公の古山新とずっと両片想い状態で、そこから苦労してやっと「好き」を言うことができたためゴールインした十家の龍虎鉄三兄弟の次男にして十病院の小児科医。しょっちゅうカーディガンを着ている。医者はカーディガンを着がち。愛称は「虎先生」。お手伝いさんのきみさんからは「虎坊っちゃま」と恭しく呼ばれる。「坊っちゃま」って呼ばれるのがこんなに似合う人いるか?

ビューティフルタイガー

 当たり前のことだが、彼は31(→32)歳の石坂浩二のビジュアルをしている。つまり超絶男前ということになる。あまりにもビジュアルモンスター。まつげ長すぎ!鼻筋通りすぎ!いい加減にしてくれ!黙って座ってても魅力的なのにその上で髪かきあげたり(イケメンは髪をかきあげがち)かわいいセリフをあの声で吐いたり(本当にこの人はずっと声が変わらない)黒いステンカラーコートを身にまとって洋画みたいになったりする。素晴らしい。この人が絵じゃなくて動いてしゃべる生身の人間でよかった。

オプティミスティックタイガー

 以前次女になりたかった話をしたが、真ん中は兄/姉としての顔も弟/妹としての顔も両方見られるので非常にお得である。虎先生も次男らしくお兄ちゃんのいいところも弟のいところも持っている。真ん中は得てして兄の苦労も弟の苦労も両方背負いがちだが、それもあんまりない。弟には強く出るがお兄ちゃんにもそこそこ強く出る。

 弟の鉄之介くんから「次男坊だから呑気だなあ」と言われていたがまさにその通りで、長男のシリアスさも末っ子のちゃっかり感もなく、次男坊らしい呑気さと楽観主義に満ち満ちている。

 虎先生はなんでもかんでもすぐ忘れる。腕時計も朝から院長室に婚約者と閉じこもっていたことについてお叱りを受けることも病院には夜勤というものがあるという事実も母の形見の指輪を渡すことも妻を木偶の坊呼ばわりしたことも。ところどころ忘れちゃいけないであろうものが混じっている。しかし彼の素敵なところはそれらを指摘されたり怒られたりしても「そんなことでまだ怒ってんの?」的なリアクションしかしないところである。どこ吹く風。マイペース。これだと怒る気も失せる。こういうところを見ていると三兄弟の中で一番甘やかされたのは実は彼なんじゃないかという気がしてくる。そりゃあんなかわいい顔してたら甘やかしたくもなる。

タイラントタイガー

 じゃあのほほんとした穏やかなお坊っちゃまなのかと思いきやそうでもないのが十虎之介。やはり名前に「虎」が入っているだけあってビーストな一面もある。希さんに虎というよりにゃんこだと言われた虎先生だが、確かに見た目はにゃんこかもしれないが中身はやはり虎。

 まず綺麗な顔してお口が悪い。「あんちきしょう病人じゃなかったらはっ倒してやる」ととても医者とは思えないセリフを吐く。特に弟に対しては毒舌。そういうストレートに血の気の多いセリフをあの美しい顔で放つので正直興奮する。小児科医のくせにそんな短気で大丈夫か。子どもにはキレないからいいのかもしれない。

 が、何も口が悪いだけではない。相手が誰であろうが言いたいことは敢然と言い放つ、そういうところでも彼の虎っぽさは発揮されている。財布を自分でベッドの下に隠したのを忘れて付添婦の友さんにあらぬ疑いをかけた患者には「こういう時に一番苦しい立場に立たされるのは看護婦なんですよ」とはっきり言うし、、夫婦ゲンカで家出して病人を装って入院し、翌日勝手に出ていった女にもきっぱりと抗議する。兄の夫婦問題にも遠慮せず意見を言う。特筆すべきは彼がきちんと(?)怒るのはいつも看護婦たちや義理の姉など他人の立場に立った時だということ。なんだかんだで牙は誰かを守るために使う虎。カッコイイ。

シェイキングタイガー

 虎先生は決して魔性の男とかではない。ないと思うが、いかんせんボーン・トゥ・ビー・モテ男なので気まぐれに新の心(加えて視聴者の心)を揺さぶってくることがある。急にカーディガン着たり急にマフラー巻いたり急に風邪引いてみたりしてそのたびに私は動揺した。思ったけどこれは私が石坂浩二に弱すぎるだけかもしれない。

 それは置いておいて、気まぐれタイガーが起こした最大の事件がかまぼこ事件である。発生時期は第31~32話、犯人は縁談相手の知子さんを箱根まで車で送っていった後一つだけ売られていたかまぼこを買い、他の誰でもない新のために古山家のドアに下げていった虎先生。この行為のせいで虎先生に片想いする水戸さんが彼の新への好意を疑いはじめ、彼女をなだめるためにお兄ちゃんの龍之介さんまで動員されてかまぼこを買ってきて実はみんなにも届いていたと取りつくろうことで事なきを得た。かまぼこひとつで周囲を混乱の渦に叩き込む男・十虎之介。

 このかまぼこに限らず、お父さんのものである水ようかんを勝手に持っていってあげるなど虎先生は新に特にロマンチックなものはあげない。鉄之介くんがお見舞いに持っていったバラが虎先生からのものだと間違われるくだりがあったが、虎先生はバラなど贈るタイプではないだろう。あの人自身がバラくらい美しいのにそんなもの贈ったらオーバーキルになってしまうそういったわかりやすくロマンチックなものではなくても、かまぼこや水ようかんのようななんでもないものの中にこそ彼の愛情や思いやりが透けて見える。好きな人から言われて一番嬉しいのは「愛してるよ」でも「君の瞳に乾杯」でもなく、意外と何気ない「おはよう」とかだったりするものだ。

……でも他人の水ようかんを何の疑いもなく人にあげるのはどうかと思うよ!

十虎之介×古山新という砂糖爆弾

 第1シリーズの四方光×段進矢は最後の最後でくっついたのでそこまで恋人っぽい甘さはなかったが(こっちはこっちを爽やかで好き)、この2人は結婚するところまで見せてくれる。新も光と比べるとけっこう序盤から石坂キャラに対する好意を匂わせてくる。ただし、くっつくまでに34話かかることからもわかるようにすんなりゴールインしたわけではない。そうならないのはわかっているのに両片想いのまま2人とも相手は自分に気がないと思い込んで終わってしまうかもしれない……と思ったこともあった。くっつくまでの2人はどちらかといえばビターだった。

 が、ひとたびお互いの気持ちが通じ合ったが最後急激に糖度が爆上がりする。もはや砂糖爆弾である。新のほうは何かと素直になれないツンデレっぽい女の子だが、虎先生のほうがヤバい。「好きって言ってくれたらケーキあげるから言って♡」みたいなことを平然と言う。新と2人きりになれないとストレスがたまって怒れる子虎みたいになってしまう。2人とも気が強くて口が達者なのでよくガーガー口喧嘩するがそこからシームレスに甘いムードになだれ込んでいくので見ているこっちが照れる。最終回のガーガーやりあってからの「……ラーメン食べに行こっか♡」はもう芸術の域に達していた。虎先生と水戸さん、虎先生と知子さんはどんなに男女っぽいウエッティなムードになってもまったく恋人同士には見えないのに、虎先生と新はどんなに喧嘩していても互いが互いのことを愛しているのがバチバチに伝わってくるのである。これは決してこの2人が最終的に夫婦になることをわかった上で見ているからというだけではないだろう。

結論

 全然言い足りないのでいつかまた虎先生については書くと思います。


♪虎/ハンバート ハンバート(※内容とは一切関係ありません)


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