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和様書のシンボル藤原行成と王義之の筆跡診断


藤原行成

藤原行成(ゆきなり、こうぜい)は972年平安中期の公卿で平安の三蹟の一人です。大河ドラマ 「光る君へ」でも毎回登場する人物です。

◆三蹟とは
平安時代を代表する能書家(小野道風、藤原佐理、藤原行成)
三蹟の時代に、中国風の雄渾な書から変化し、日本人好みの優雅で優しい和様の書が完成され、その書風は現代にも通じています。
行成も中国(唐)からの流れを受け継ぎ、王義之の書に影響を受け学んでいたと考えられるので、どのように和様の書へ移り変わったか「憂」の漢字で比較してみました。
▶王義之 中国東晋時代303~361年  ▶行成 平安中期972~1027年 


👆王義之 × 藤原行成 筆跡診断テスト


◆藤原行成は、藤原道長より6歳年下で蔵人頭(秘書官)に任命され
ドラマでは道長から、文字が美しいことを羨ましがられる場面もありまた。
行成の人柄を語る記述も多く、資性明敏で温厚、義理固く、謹厳な態度などなどが挙げられれます。
蔵人頭とは、天皇直属の秘書でもあり、世尊寺というお寺の最高責任者も担っていました。それ以降 行成の書の流派のことを世尊寺流と言われるようにもなりました。
また、中国の王義之は、書学者の家柄で位の高い軍人貴族として子供の頃から、書の能力を高める教育を受けていましたが、戦乱に赴き将軍としても活躍しました。
行成の生きた平安貴族の優雅に和歌を詠むための文字と王義之の乱世の時代の空気感の違いが伝わってきます。

(出口胡蝶作品 「藤原行成 本能寺切」原寸臨書 掛け軸)

■出口胡蝶の臨書 「本能寺切」
6~7年前から藤原行成をテーマにした臨書作品を展覧会に出品しています。
雅でしなやかな美しい書体に憧れて勉強していますが、
起筆は軽くスッと入り、線の途中からフワッと膨らむ線は、とても緊張感が必要で難しいですが 日本人の感性に合った優しい空気を持っているのでインテリアとしても相応しい文字だと思います。 

「訓み下し文」
閑居は、誰れ人にか属す、紫宸殿の本の主なり。秋水は、何れの処にかる。
朱雀院の新しき家なり。智者に非れば、之れを楽しまず。故に  


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