たらこ

卒業式で突然告白する方っておりますけれど、あれは成功する訳ないですよね。
だって告白って付き合うのにいらないというか、確認儀式ですよ。そもそもカートに入ってないんだから買われる訳ないじゃない。
ああ、ごめんなさい。わたし、タハラコイと申します。友達にはたらこって呼ばれてます。どうしてのっけから繰り言ばかりかというと、わたしは今、そのまさにその、卒業式の後の教室に例の彼を呼び出して。
ガラリ、と黒板横の扉が開く、彼の足先が見えるまでの数秒にわたしの腎臓は四度壊れたかと思うほどの緊張による尿意。
「なに、話って」
ぶっきらぼうな言い方、顔からは多少の緊張も読み取れる。シックなのに洒落たスーツに身を包む彼の姿は今日も眩しく、腎臓は五度目の崩壊を。
「うん、来てくれてありがとう」
「いやまあ、いいけど。この後予定あるからさ」
あるから、あるからなんなのさ。
「あ、そうだよね。ごめんごめん。なんか緊張してしまいまして……」
一瞬の間。彼の匂いの粒子が鼻腔に伝わり、覚悟が決まる。
「実は前から言おうと思ってたんだけど」
「うん、なに」
「飼い猫に自慰行為を見せるのはやめたほうがいい」
間、間、間。ああ、ダメだ止まらないかも。
「あ、そうだこの前の金曜日も、ずうっと見てたんだけどね。深夜に颯爽と座り込んでもぞもぞと何をしているのかしらんとこちらワクワクしていたのにいきなり変な宗教雑誌読んじゃってさ。なによそれ。未来教って。いやお父様が二年前に脳卒中で倒れかけてからそっちに熱心になっているのはずっと監視してたから知っているけどさ、なに、未来教って。もうすこしあるでしょうジーザス的な」
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以下、先月号の未来教会誌より集会ハイライトの記述を抜粋。
教祖 「今、私たちに一番必要なモノは、未来だ。曖昧なモノでは無く、割り切れないモノでなく、確かな未来が今私たちには必要なのだ、未来は、私が持っている。未来を、共に集めよう!私達の名前は」
信者 「森山未來!」
教祖 「私の両親!」
信者 「森山未來!」
教祖 「クラスに二人は」
信者 「森山未來!」
教祖 「拓殖大学!」
信者 「森山未來!」
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「いや。え。え?ん?待って」と彼の言葉が返ってくるももう遅い。恋は急に止まれない。
「あ、そうだ一昨日のゴミ袋も漁ってみたら酷かった。なにあの熟女趣味の成人雑誌は。なんで捨てたの。こっちは必死にお金貯めてデパコスで大人に寄せていったのに学業と共に熟女も卒業?ポールアンドジョー買ったばっかだ?」
「おい、たらこ、なんだよお前は、そんなだったっけ」
「そんなってなに。適当な形容動詞でごまかさないで。ねえ聞いてる、わたしだって駅のホームでさ、左にも線路があるよね、右にも線路があるよね。どっちに飛び込めばいいの。ねえ、聞いてる。確かなものなら何でもいいのよ。ねえ、どぅちに飛べばいいの。わたしだって信じたいよそんな、そんなをさ」
「いや、なんだよおまえ、怖いよおれは。いますんげえこわいよ。いのちどこ?って感じだよ。誰かに教えてもらわないとわかんねえよ」
凶暴なケダモノに睨めつけられたように引きつった顔の彼。ウウウ、堪らない、止まらない、声が止まらない。
「それでいいんだよ。だって、だってさ。殺したいぐらい好きです!付き合ってください!キャー言っちゃった。好きなおにぎりの具なに?」
強盗犯の人質のように彼は尋問に素直に答える彼。
「たらこです」
たらこが好きなの?
たらこが好きです。
そう。良かった。これからよろしく。わたしがあなたをころすまで。
どうや彼女になれたようである。めでたしめでたし。

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