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1104必殺サウナ日記

 平日、朝8時。我々は整いたく西荻窪徒歩0分のサウナへ向かう。徒歩0。素敵な響きである。もう減らせるものが一つもない。徒歩の徒ぐらいである。なんにせよ0は素晴らしい。使徒0を目指している方々もいるのに、我々は西荻窪に行くだけで0を享受できる。良い街だ。
 ああ、そうだ。手持ちが心もとない。駅前で現金を下ろす必要がある。手数料も0が良い。捜索。メインバンク見つからず、慣れぬ駅にてベンツのAクラスにクラクション数度鳴らされながら8分ほど迷子。あのベンツも多分迷子。
 万札迎え入れいざサウナへ誘われんと住所へ向かうと、巨大パチンコチェーン店に既に整った人たちが並ぶ。部屋住感ただようpumaのジャージが二名、ボクシングチャンプ並宝飾品のデジタルパーマ。歯のガチャに失敗した老人。成功?綺麗に整列。西荻窪がまた一つ好きになった。
 我々はサウナの入り口を引き続き探す。更に五、六分ほど彷徨い、パチンコ店の裏口の駐輪場近くに怪しげな当該サウナの案内を発見。これは……と慎重審議していると、裏口からパチンコ店の店員が出てくる。わたしを見るや否や、サウナですか、こちらです。と審議中であった奥の裏路地を指差す。
 着る服を間違えて、極暖、セーター、コーチジャケットで汗だくのわたしは初見で要サウナ判定なのであろうか、彼の釘を見る目は正しそうだ。
 礼を述べ、路地をまわると派手なポップを纏うエレベーター。やはり、ここが件のサウナ。徒歩0分に偽りなしの近さである。わたしだけ徒歩15分だけど。3階にある受付へ。どうやらここはコワーキングスペースも併設しているらしい。
 どちらをご利用ですか?と受付人に尋ねられたので、「アッサウナ」と慌てて返答する。アッは洒脱受付に怯えて出たのと、A Saunaとアッ(つい)サウナの意を込めた。後から。
 チェックインと呼ばれる事前会計システムを済ませるが、電子決済のみであった。堕ろしたてのホクホク現金たちが盗まれないことを祈りながら4階のサウナへ。フィンランド式サウナと呼ばれるものらしく、初体験。期待が高まる。
 撮れ高の無い素っ裸になり、汗を流した後早速サウナへ。扉を開ける。真ん中に遠心分離機のような巨大なサウナ器具。入口から見て三面二段のサウナ室。二段目に座る方々は、なぜか五名中四名が座禅。既にわたしは整っているが?ということか。本当はわたしも上段に座りたかったのだが、座禅スタイルの通さないよ。ってか通れないだろ?の念にやられ、大人しく下段右端に場所をとる。
 サウナマットを敷き、腰掛ける。少しずつ目が慣れてくる。全部で八名程度だろうか。意外と広い空間。温度計は百度。熱い。精神病棟か、洗脳詐欺師が好みそうなヒーリングミュージックが流れている。熱い、今なら水素水でも買ってしまいそうだ。
 しかし、我慢。整うために。わたしはまだ一度も整ったことがない。整い0である。今日こそは。
 耐える、彼が出るまでは耐える。耐えた。
 15分程度だろうか。水風呂へと向かう。どうやら12度と15度の二つの水風呂があるらしい。決断力のあるわたしは12度の風呂に左足を突っ込むが、冷たすぎて引いた。
 嘘だ。12度は嘘。嘘風呂。左足亡くなる。15度。まだ死んでない右足で挑戦するけど15度も嘘。水風呂を諦める。足だけキンキンに冷えた状態で外気浴。何も整わない。絶望だけが整列している。今日も整えないのか。
 いやまだ諦めるな、もう一度だ。
 呼吸を整えた後に、再度サウナ室へと向かう。二段目が空いている。よし、ここだ。ここでさっきより炙る。
 耐える。ただひたすら耐える。先ほどと同じぐらいが過ぎただろうか、ここからだ。もう少し頑張るのだと克己。そうだ、今とりかかっている書き物、小説のことを考えよう。そうだ、登場人物たちの夜の生業が決まってなかった。ああ、どうしよう……悩む……あ!と考えがまとまりそうになった頃。スタッフが突如柄杓とバケツを持って室内へ。
 そういえばここは定期的にアロマオイルをサウナストーンに散布し、リラックス効果のある香りを楽しむことができる、と受付で説明があった。
 なるほど、フィンランド式ってのはこういうものなのか、とわたしが心中頷いていると、スタッフがどっぷりとアロマオイルを柄杓に溜め、サウナストーンへと撒く。香ってくる。なんだろうこの香り、どこか懐かしいような……落ち着くような……なんだっけな……。と悩んでいると、スタッフが「今日はほうじ茶のアロマでーす」と告知。
 ほうじ茶。確かに、これはほうじ茶。リラックスはするけどなんだろう。フィンランドってほうじ茶ですか?って隣の人に聞けたら良いのに。まぁでも、せっかくだし、と思い切り鼻腔から吸い込んでみると、百度の熱気が鼻の粘膜を焼く。百度のほうじ茶が気管に潜入し、地獄。おばあちゃんの匂い。
 たまらず外へ。水風呂へと足をつける。無理。冷た過ぎ。悪魔
しか無理だろこれ。おばあちゃんの悪魔。と他責思考染まりながら考制限時間が近くなったので着衣して退出。良いお店でした。わるいのはわたし。外に出てペットボトルの水をこくりと飲む。ひらめきそうだった小説のネタは熱気と共にどこかへいってしまった。

短歌と掌編小説と俳句を書く