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#11-2/メロンパンから生まれた太郎君

こんばんは、パン屋の娘です。
今日はパン屋に行き、仕込みを手伝ってきました。

いえ、正しく書きます。

今日はパン屋に行き、仕込みを手伝う気持ちはあったものの、
生地に卵を入れ忘れるという大失態をしでかし、ゼロから作り直すという、時間も手間も気力も、倍以上使う運びとなりました。
両親、本当ごーめーんー!!!

こうして生まれた待ち時間、父が、今朝投稿した「ママさんと赤ちゃん」の詳細を話してくれました。

夕刻のメロンパン

ママさんが初めて来店された時のことを、父は、詳細に覚えていた。

夕方、ほぼ全てのパンが売れ、そろそろお店を閉めようかという時刻。
父が工房で片付けをしていると、そーっと、ママさんはお店に入ってきたという。真っ黒い服を着て、真っ青な顔をして。

「今、妊娠してるんですが、つわりがひどくて。ほとんど何も食べてないんです。高齢出産で、これまでにも流産したことがあって。このままだと、また流産してしまうかもしれなくて…。なにか食べられそうなものありますか?」
私の母に、か細い声で相談されたという。

たぶん、ママさん自身は、何も食べたくなかったんじゃないだろうか。
お子さんのために何か食べなきゃいけない、その使命感だけが、パン屋に足を運ばせた。

その日残っているパンは、あいにくメロンパンだけだった。
バターも、卵も、お砂糖も、そりゃ使ってます。
「体調が優れないとき、進んで食べないパンランキング」の上位に、メロンパンは来るんじゃないだろうか。
母は、大変気の毒に思いながら、「これでもよければ」とメロンパンをお渡しした。

翌日、再びママさんが来てくれた。
「昨日は、食べても吐かなかったんです。これなら食べられるかもしれない」と、いくつかパンを買って帰った。
そのあとも定期的に来て、「大丈夫です、つわりはひどくなっていません」と話すママさんの顔は、少しずつ明るくなっていったという。

空白の1カ月

4月中旬。ママさんは、パタッとお店に来なくなった。
「どうしたんだ!?」と尋ねる父に、
母は「たぶん、そろそろご出産なんじゃないかな」と答えた。

GWが過ぎ、「まだ生まれないのか?どうなってるんだ?」と父。
「いや、生まれて1カ月くらいは赤ちゃんは動かせないのよ」と母。

私(長女です)がちっとも孫の気配を感じさせない中、
完全に初孫を案じるジジババモードに突入していた我が両親。

人様の出産でこれだけ騒ぐ父のことだ。
こりゃ私が生まれたときは、ジッタバッタすさまじかったことだろう。
横にいる母に、「本当おつかれ!」と心の声を送る。

メロンパンから生まれた太郎君

5月の中頃、ママさんがお店に来てくれた!
ニコニコしながら、その腕には可愛い男の子を抱えて。

両親は、きっとまた来てくれるはずと用意した、赤ちゃん用のプレゼントをようやく渡せた。
ママさんにとっては、きっと長いようで短く、
両親にとっては、長い長い1カ月だった。

やがて赤ちゃんは、ハイハイをして、歩くようになり、言葉を覚え、いつしか5年の月日が経った。

「こんにちは、メロンパンをください」
赤いトップスを着たママさんが、笑顔でお店にやってきた。

「今日は、この子の5歳の誕生日です。メロンパンに5本のろうそくを立ててお祝いします。ここのメロンパンが、この子を生ませてくれました。」

桃から生まれた桃太郎は、ご飯を食べてすくすく育ち、きびだんごを持って正義のために戦う。

メロンパンをエネルギーに生まれた太郎君(注:あだ名です)。
メロンパンを食べてすくすく育ち、いずれ君が大事な何かのために戦うとき、その勇気を後押しする存在でいたい。


小さなパン屋で、両親はいろんな感動を覚えながらパンを焼いていた。
小さなパン屋で、娘は両親の感動話を片耳に、せっせと生地を作り直した。

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