巫女と龍神と鬼と百年の恋 ⑨

 寝室にしている部屋には白巳はよほどの用がない限り入って来ない。「女性」である為と白巳入っていて、樰翡にも頻繁に足を踏み入れない方がいいと話していたのを聞いている。麗しい容姿をしている樰翡の性別は果たしてどちらなのか分からない。男性でもあり得るし、女性でも納得をしてしまう。
「準備が整いましたぞ」
 部屋の入口で白巳は両手で抱える程の包みを持っていた。私が入室を許可すると嬉しそうに入ってきて風呂敷を広げる。
 寸法を測っていったわけではないのに、白巳が用意してくれた巫女服は私にぴったりだった。衣装そのものが今まで私が来ていた形に似ている。鈴の音が場を清めてくれるようだ。
「他の神にちょいとお願いして用意したから不足はないと思うが、確認はしてくれよ」
「ありがとう、ございます」
 よく見ると着物も私が着ていたものよりも生地が上等の物だからが、肌触りが柔らかく色も光っているように見える。
「何を持っている」
「ひゃぁ」
 私は後ろに立っていた樰翡に驚き声をあげてしまう。突然現れることが多いが白巳と話しているときに現れるのはあまりなかった。
 白巳が嬉しそうに樰翡を誘導する。
「今日は歌だけではなく特別な出し物をしてくれるとのことで、準備もありましょう。一端外で待ちましょう」
 樰翡は白巳に促されるまま部屋の外へ進むが、名残惜しそうに一度私に振りかえった。
 
 
 用意された着物に袖を通し、念入りに髪に櫛を通す。手足には用意してもらった鈴をつける。一歩歩くたびにしゃらんしゃらんと、鈴が鳴る。
 白巳は樰翡と共に、社の建物の前で座っていた。風呂敷の中に入っていた紅い紅(べに)を塗り私は守り神である樰翡に跪いて、心の中で祈りを捧げる。
 どうかかの神が村をお救いくださいますように・・・。
 私は記憶に残っている流々の舞を披露する。龍神が流れるように動くさまをイメージしたその舞には鈴と、長い布が必要だった。真っ白い布を両手でもち龍が流れるように移動しているのを連想させるように、右に左に動かす。
 しゃんしゃんしゃん。
 手足に着けた鈴が動きに合わせて鳴り響く。神様に捧げるもののため、練習も独りで行っていた。妖達は神に比べたら悪しきモノになってしまうため、私の舞を見てもらうことは無かった。
「雨を」
 樰翡の声が聞こえ人影が龍に変わると同時に、天に向かって昇り始める。
「細波様、舞を途中でやめないでください」
 白巳の声で私は止めようとした足を一歩横にずらす。人型の時とサイズが全く違う樰翡が空間から全ての姿を消し、舞はその後少ししてから終了した。
「白巳様、一体」
 白巳は天を仰いだままだった。
「樰翡様、貴女はやっぱりかの巫女を待ち続けていたんですね」
 
 
 
 舞を披露してから樰翡はしばらくの間姿を消していた。白巳は嬉しそうに私の処に足を運ぶ。どこぞの神がくれた珍しい酒や花などを持ってくる。
「細波様本当にありがとうございます」
「白巳様は少し喜び過ぎではありませんか」
 白巳も基本的に食事をとらなくていい。私もこの空間に来てからは食事をしていないが、何かを察してくれた白巳が持ってきてくれるようになった。
「樰翡様が動かれれば数百年は定期的に雨が降りますから。細波様はあれから舞を踊っているのですか」
 樰翡が姿を見せなくなっても空間に何かあれば恐らく分かるはずだと思い、私は社の処で踊るのを日課にし始めた。元々何もすることが無いので、良い運動にもなる。
 白巳に差し出された酒は妖達が飲んだら恐らく逃げてしまいそうなくらいに清らかだった。
「樰翡様がどこに行ったかご存知なのですか」
 一緒に酒を交わすのも以外だったが、白巳は酒は好むらしい。私よりも多く杯を空にしている。
「外を見ることがあまり無かったので偵察にでも行っているのでしょう。心配しなくても戻ってくる場所はここですから」
 自信満々の白巳。居心地がいい場所だと言っていたがそれが原因なのかもしれない。
 
 
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 久しぶりに見た夢は寂しがり屋の神様だけじゃない。私と同じくらいの年の女の子が居る。消えてしまいそうなくらいに儚げに見えるのに瞳に宿る意思は強いものに感じる。
「樰翡様、誰かを待っているのですか」
 今までの夢に出てきた樰翡は消えそうな声で泣いていたのに、女の子の隣に居る彼は穏やかな雰囲気をしている。
「待って、いた」
 社の見える湖で隣り合って座る二人。樰翡がそっと夕雪の頬に手を伸ばす。愛しい者に触れるかのように優しく、神気を抑えている。
「わたしを待っていたとでも言いたげですね。わたしはわたしですよ、樰翡様」
 伸ばされた手に頬ずりするように女の子も自分の手を重ねている。
「分かって、る」
 感情の起伏が少ない樰翡がとてもうれしそうに、笑った気がした。私には見せてくれない笑顔。戻らない樰翡。少しでも距離が近くなっていればいい。私は貴女のための巫女なのだから。白巳も待っていたと言っていたのが聞こえた。
 それは私じゃなくて、「彼女の魂を継いだ者」なのだろうか。
 巫女として認められたのは私自身かもしれないけど、側に居ることを許してくれたのは私でなくてもよかったのかもしれない。
 夕雪が樰翡から視線を外し社を見つめる。
「何度でも人は生まれ変わります。百の巡りのその先でまた逢えたなら素敵ですね」
 異界と人間界では時間の流れ方が違う。村では500年過ぎていたが、ココでは百年くらいの感覚なのかもしれない。
「逢えた、だからまた逢える」
 風に流されるようにふと、樰翡の姿は消え去った。
「夕雪様」
「白巳か。樰翡様はずっと待っていたんだね」
 樰翡が居た場所を見つめる。恐らくどこか流れのいい川か滝つぼにでも遊びに行ったのだろう。わたしが来てから樰翡は元気になったと以前白巳は言っていた。人間界と時間の流れは違うとはいえわたしの寿命は元々が長くない。
 きっと樰翡を悲しませることとなる。
「わたしは村で巫女をしていた。手記には村の護り龍は双竜と書かれていたけど、どうして樰翡様しかいないの」
「人はそこまで知っていたのか」
 白巳はわたしの元に近づくが、隣に座ろうとしない。後ろに立たれているが悪意は感じないのでそのままにしておく。
「涼風(りょうふう)様は、異界に乗り込んで来ようとした異形のモノに打ち取られた。樰翡様はそれから心が凍ってしまっていた。夕雪様貴女のお陰で、動きだした」
 がさっと音がすると後ろで白巳が土下座をしている。わたしが不思議そうに見ていると白巳は顔を少し上げてわたしに視線を向けた。
「夕雪様の魂からは涼風様と同じ気を感じます。元々涼風様には人の血が混ざっていました。双竜というのも多少違います。樰翡様だけの巫女だったんです、夕雪様貴女は涼風様の生まれ変わりです。人の血が混じっていたせいで人として転生してしまったのだと思います」
「先ほどの会話が聞こえていなかったのかな。わたしはわたしよ。例えその涼風様という方の魂を継いできたとしてもわたしは夕雪なの。きっと天命が来るわ」
 時が過ぎるにつれて心を開いてくれる樰翡。妖達に抱いていた感情とは別のものが芽生えてきているのは気づいている。
 蓋をしなければならない。樰翡に悟られたらいけない。
 同じ時間を共有してはゆけないのだから。
「白巳、ココでの会話は聞かなかったことにするわ」
 
 
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