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この状態を、おしんモードと名付けた。

前職では、プロジェクトを計画し、実行し、結果を検証し、改善案を提案する仕事をしていた。

元々、息を吐くくらいのナチュラルさで「何でそうなるのか?」と考えてしまう性質である。

例えば、小2の頃は、1年かけて「人間にとって欲は削ぎ落とす方が良いのか?」なんてことを考えていた。

今でも、市販のシャンプーの洗浄力の高さは本当に必要なのか。とか、国民全員健康保険に入っている日本において、医療保険って本当に必要なんだろうか。とか、いちいち考えてしまう。誠にめんどくさいやつである。


そうやって、自分なりに世の中を分析して、自分なりの「答え」を出すのがとても大好きなのだ。この一文を書いているだけで心拍が上がるほどに。こういう分野のキモオタなのだ。

そんな分析オタクなのだが、こと「自分の感情」に関してはまるっきりわからない。

分析対象外設定になっているのだろうか。


以前、当時の上司と2人で夜ご飯を食べていた際、最近買ったんだと一眼レフのカメラを見せてきた。

「へぇ〜!すごいですね〜!」と当たり障りのない返しをしていると、

「まだ練習中なんだ。そうだ。練習台になってくれない?」と言って、

おもむろに私をカメラにおさめ始めた。

こじんまりとした多国籍料理店の2階の、2人席テーブルに対面で座る相手をである。

全くの想定外の出来事に頭の中が整理できず、なぞの撮影大会が唐突に始まって体感10分程度、「マジですか・・」と苦笑いをしながらその場をやり過ごした。

ちなみに、その上司とは付き合ってもいないし、いい感じにすらなっていない。地球が滅亡して、世界に私と上司だけが生き残ったときにようやく上司を子孫を残すための道具として考えることがあるかもしれないレベルでその上司に興味がなかった。


その晩、眠れなかった。

あれはなんだったのか・・。と考えると、身体の内側がマグマのように湧きたって全身で発熱していた。

そんな日が2日くらい続いたのち、「私、怒ってるんだ」ということに気がついた。

すごく嫌なことをされて怒っていることに2日経ってようやく気づいて、すぐにその上司にそういうことは止めてほしいと伝え、極力2人きりにならないように務めた。

とはいえ、強靭なメンタリティの持ち主である上司は、私の抗議に耳を傾けることなく、その後も常に一眼レフを持ち歩いては、これは「仕事の記録用だから」とうそぶいては撮り続けた。


こんな体験、自分でなければ「超絶気持ち悪い」と秒で気づくのだが、自分のこととなるとその感情の存在に気づくのにものすごく時間がかかる。

身体もそうである。肩こりの自覚がないのだが、マッサージに行くたびに、頭痛とかしないんですか?と聞かれる。首肩が凝りすぎていて、痛みが頭にきてもおかしくないレベルなのだという。


この状態を「おしんモード」と名付けた。

当時、国民全員が見ていたというあの伝説のドラマ「おしん」にちなんで命名した。「おしん」1回も見たことないけど。まだ小さい女の子が冬の川に入って洗濯物をしているイメージなのだが合っているだろうか。

おしんは見たことがないけれども、ここでは、おしんモードを「我慢することが当たり前になりすぎてて、身体や心の痛みに気づきにくくなっている状態のこと」とする。


上司とのあの一件以来、自分の感情に気づく感度の悪さに我ながらびっくりし、努めて自分の感情にその都度尋ねるということを習慣化してきたはずなのだが、またしてもやってしまった。

その上司とは腐れ縁が続きながら、いよいよ我慢ができず昨年ついにその上司の元を去った。去ったと同時にこの上ない心の平安がやってきた。

そんな平和で安全な生活を謳歌していたが、一方で心にぽっかりと穴が空いていた。計画して、実行して、結果を検証して、改善策を提案するあの日々がなくなったことがどうしようもなくつまらないのだ。


平穏な日々を送ったおかげで心身のストレスから開放されたのか、不妊治療を再開した途端着床できた。

無事着床できたことだし、出産育児費用を稼ぐためにも働きたい。

というか、計画して、実行して、結果を検証して、改善策を提案することがやりたくて仕方がなかった。

意を決してその上司に電話し、事情を洗いざらい話してみたところ、100%在宅で、体調優先という条件で再び働けることになった。


また「考える日々が再開できる!」と嬉々として働き始めて2日目、上司とぶつかった。

そうそう、そうだった。

上司は、0か100かしかない人なのだ。

こいつ出来る。と思われたら最後、全ての業務を全力で丸投げしてくるのだった。

私がその業務分野の門外漢であろうがなかろうが、である。

私が今締切に追われている状態であろうがなかろうが、関係ない。

上司は、自分の下した指示に問答無用で「イエス」と答えて当然。という強い信念を持った人なのだ。

私が結ぼうとしているのは労働契約じゃなく奴隷契約なのか。


そんな上司の信念が正しいのかどうかはわからない。しかし、私はその信念のおかげであらゆる業務を同時に抱え込むことになり、それらの業務を猛烈なスピードでこなして結果を出し続けることに心身ともに疲れ果てて辞めたのだった。

そんなことをこの6ヶ月間ですっかり忘れてしまい、あろうことかまたその上司のもとに帰ってしまった。

そして、戻って2日で思い出したのである。

またしても自分の感情を置き去りにしてしまった大馬鹿野郎とは私のことである。


幸いにもまだ契約前だった。契約前だろうがソッコーで働かせるのが上司の信念その2である。

月曜日に上司にやっぱりあなたと働くということが無理なんだということを伝える予定である。

私の中のおしんはなかなか成長しない。

いつまでも冷たい川の水に凍えてばかりいる。

今やお湯の出るドラム式洗濯機でボタンひとつなのに。

おしんモード、解除したい。。




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