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 タカシは自分で死のうと決めた。
 ナオキの自死に立ち会ってからというもの、タカシの自死への決意は日に日に強くなっていった。今では決意は習慣へと昇華した。ベッドに入る前の歯磨きと同様に、自死もまた習慣のサイクルの一部となっている。ただ、実行に移せないのには理由があった。タイミングが合わないのだという。

 例えば、歯磨きは食後や就寝前という前動作がトリガーとなって引き起こされる。歯磨きに至る流れというものがあるように、自死に至る流れもまたあるのだ。けれども、タカシは流れをつかめないでいる。自死が喚起された最初の瞬間に実行できれば良かったのだが、タカシはその時田植えをしていたのだ。
 
 太陽が地上のあらゆるものに光をあて、風景を燦々と燃やしていた。陽の光が水面で鍛えられ、鋭くなって反ってくる。蝉が耳元で鳴いている。腰をかがめるたびにバランスを崩し、ゆらゆら踏ん張って整える。頭が重すぎるのだ。

 このまま頭から田んぼに突き刺さると気持ちがいいのだろう。水は冷たいし、泥はなめらかだ。冷たさが額から顔全体へと広がり、首筋に達してぶるっと身震いしている間にガクンと頚椎がくの字に曲がってしまうだろう。手をついてみようとするが、首が100キロの重さを支えてしまった後ではもうその回路は遮断されてしまっている。ふっと顔から緊張が抜けて、微笑みの型をとる。そして、その瞬間がやってくる。

 実際は、頚椎がくの字になる前に手をついていた。手をついた衝撃で水と泥が跳ね返り、全身がこげ茶色の水玉模様に染まった。いうまでもなく、田んぼのど真ん中で自死を完遂するのは至難の業なのだ。

 ぼくはタカシから頼まれて、彼の自死を喚起する動作を記録している。その中にある、一本の流れを探している。今のところバラツキの度合いが高く、規則性を見つけるのは難しい。

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