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今年の抱負。2021年初noteによせて

いつになく静かな年越しを終えて、今日からまた日常がはじまる。
この年越しは、どれだけの人が予定を変更することもしくは諦めることを余儀なくされたのだろうと思う、うちも例にもれず義実家のある北海道への帰省をあきらめた。元日は近所へ初詣、2日はぼくの実家(1時間で帰れる)に数時間だけ帰省。これほどまでに動きのない年越しが、これまでにあっただろうか。

年が明けることにたいしてこれまで感じてきた「希望」のようなものが、今年はどこかへ姿を消してしまったみたいだった。
頻繁に電話をしているので理解はしていたけれど、母親の体調が例年以上に思わしくなかった(線維筋痛症を長年患っている)し、今年14歳になる犬も心臓の肥大のため昨年末から定期的に通院をはじめた(さすがにだいぶおじいちゃんだから、仕方がない)。
年を越すことで「仕切り直す」ことができるのは、気持ちだけだ。昨年と、もっと前と。地続きの現実を、今年も見つめなければならない。(1都3県にたいする)緊急事態宣言の再発出も、時間の問題なのだろう。わかっていはいたけれど、この正月はそれを改めて突き付けられた気がして、すこし気持ちが滅入ってしまった。

もちろん、だからといって下を向いて今年をはじめるつもりはない。
ぼくにとっての2020年は大きな変化の年で、これまでの人生でいちばん「生きている」ことを実感した一年だった。今年は何としても、その流れを絶やさずに、拡げていく。
今年の目標は、これ。

「こう生きたい」を、生きること。

抽象的に過ぎるかもしれないけれど、来年の今ごろこのnoteを読んだぼくが笑えればいい。すこしでも、誉めてあげられればいい。
言い方を変えれば、やりたいと思ったことに素直に向き合うこと。やらない理由やできない理由を思いつく前に、行動に移すこと。自分の気持ちをちゃんと伝えること、思っているだけではなくて。
このあたりのことに関しては、じつは昨年からすこしずつできてきた実感があって。でも昨年は、大きな力によって「変わらざるを得なかった」一年だったから。今年はそれを、自分の力で実現していく。と、いうこと。

やりたいことにまっすぐに取り組んで、形を結んだ人がいた。人を巻き込んで、ひとつのうねりをつくり出した人がいた。ここからがスタートだと、新たな決意を胸にした人がいた。いつもやさしく、言葉を渡してくれた人がいた。
いつもこうしてみんなが教えてくれる。ぼくは、恵まれている。

「こう生きたい」を、生きる。
たくさんのお手本を前に、今年も努力していきたいと思っています。
だから皆さま、どうぞ今年も、よろしくお願いします。

2021.01.04 だいすーけ

いただいたサポートは、ほかの方へのサポートやここで表現できることのためにつかわせていただきます。感謝と敬意の善き循環が、ぼくの目標です。