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御冷ミァハの「大嘘」(4) 『ハーモニー』読解/伊藤計劃研究

  ( 前回 から続く)

 前回までの経緯を踏まえて、根本に立ち返ろう。
 すなわち、御冷ミァハとは果たしてどんなキャラクターなのか?

 ミステリアスで捕らえ所のないカリスマ。
 一読したなら、そんな所だろうか。
 これは当初、霧慧トァンが抱いていたイメージでもある。

 しかしながら、第一回と第二回で扱った事実を見た上ではどうか。
 人を踏み台にして顧みることのない、子供じみた冷酷な野心家。
 これこそが実態に近く、霧慧トァンが徐々に抱くようになったイメージでもある。
 そのイメージを踏まえた上で、もう一度このシーンを見てみよう。

 キアンも、トァンも、こっちにはこなかったよね(中略)
 でもね、いまわたしにその勇気を見せてくれればそれでいいような気がする。世界に対して、永遠に続くものはないんだ、って、このカラダは自分ひとりのものなんだって、すぐに証明してくれたらまた一緒に、あの日に戻れる。(中略)
 お願い。だからキアンの勇気が欲しいの。
 証明できるところを、わたしに見せて。   

『ハーモニー』文庫版p182

 御冷ミァハを子供じみた冷酷な野心家として考えたなら、このメッセージの解釈は変わる。正確に見ることが出来る、と言ってもいい。

 零下堂キアンを自殺に追い込むだけなら、こんなメッセージは必要ない。
 他の犠牲者同様、無言で報酬系を操作すればいいだけだ。
 追い込むメッセージ部分は、実質的に意味はない。

いまわたしにその勇気を見せてくれればそれでいいような気がする

 ゆえに、この身勝手な部分こそが浮き上がる。
 見せしめにして犠牲の要求。
 では、何のための見せしめだったのか?

 ここで必要なのは、作中の時系列整理である。
『ハーモニー』の時系列は入り組んでおり、一読しただけでは把握困難だ。
 回想中の霧慧トァンは当然、情報が整理されている
 あらかじめ時系列が整理された状態となっているのだ。
 彼女の洞察に近づくには必然、情報を整理するしかない。
 御冷ミァハの動機にして、霧慧トァンが気づいたこととは何か。

 以下の会話は御冷ミァハに盗聴されていたものだ。
 その事を念頭に置きながら、並べ直した時系列を見て頂きたい。p92から始まる食事シーンの、一筋縄でいかない開示方法が分かるだろう。

 (「続き」部分ではp数単位での時系列表、導かれる動機、および読解が困難だった理由を書いています)( 完結編 に続く……)

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