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ADHD患者は一般人の夢を見るか


「小松菜さんって、小学生のころ忘れ物とか多かった?」

私は激しく頷いた。


小学生の頃、忘れ物をしたらシールを貼る厚紙の埋まっていく速度は、人よりも格段に速かった。音楽会に肝心なリコーダーを忘れ、奥の方で突っ立っていたこともある。寝ている間に親にランドセルの中身を見られ、明け方まで説教を受けたこともある。私のカバンの中身はそれほどプリントの地層が折り重なり合い、目もあてられないほどぐちゃぐちゃだった。

そんなうっかりの度を越えた私が座っているのは、メンタルクリニックの椅子だ。5月頃から実習や国試の勉強など多忙な日々が続き、その間に身内の不幸があり、7月に一気に体調が崩れた。

食パンしか口に入らない。
涙が止まらない。
眠れなかったり、いくらでも寝れたり。
自分を殴りすぎて両側頭部にでかいたんこぶができた。

そんなこんなで、結局体重が3㎏落ちてしまった。

駆け込んだ病院の先で言い渡された診断は「適応障害」だった。
あの深キョンも活動休止に追い込まれた精神疾患だ。まさか私がかかってしまうとは。他人を責められず、自分を責めて、責めて、責め続けてたどり着いた先はここだった。

「長い時間集中するのは苦手?」

コクコク

「バイトとか辛くない?小さいミスを沢山したりとか」

コクコクコク

「部屋とかいつも散らかっちゃう?」

「…あー、きれいな時もあるんですけど、心の状態によって散らかっちゃったり…」

これはちょっと嘘だ。自分の部屋は、基本、椅子を基軸にプリントの平野が広大に広がっている。たまには片付けもするが5日ともたず、山が形成される。なぜかここでしょうもない見栄を張る自分。うーん、と考え込む先生。


「…ADHDかもしれないね。」

「ええっ、本当ですか…。」



まいった。適応障害の上に発達障害だったのか。


22年間の生きづらさにようやっと名前がついた瞬間だった。
かといって、嬉しくもない。ほっとした気持ちと、これからどうしよう…がないまぜになった。

メンタルクリニックに通っていることは家族の誰にも言っていない。
しかし、ADHDとなるとこれから一生つきあっていくことになるのではないか。貯金箱をダミーに押し入れの奥へ隠した、どこか後ろめたそうに収まる薬と処方箋が、私そのものに思えた。

「とりあえず薬出すから飲んでみようか?ADHDっていうのは書類上じゃ疑いがある、ということしか判断ができなくて、薬を飲んでどれくらい効果があるかでADHDであるかどうか確定するんだよ。精神のお薬は減らして、ADHDの治療に切り替えていこうか」

コクコク

こうして私はADHDの薬を飲むことになった。
食後に大きな丸い粒の薬を飲む。一緒に飲んでね、と渡された胃薬も放り込む。飲んですぐには大きな変化は現れなかったが、1時間ほどして、効果が現れ始めた。

頭の中が、著しくクリアなのだ。

試しにちょっと勉強をしてみる。…おぉ、解ける、解けるぞ!
5分で飽きて漫画を読んだり、悩んで部屋をぐるぐる歩き回ったりもしたくならない。

本を読んでみる。…おぉ、読める、読めるぞ!
思わずムスカ大佐になってしまう。適応障害になってから長時間読めなくなった本の類が、何時間でも読めそうな予感があった。嬉しい。読書って、こうじゃなくっちゃ。

(もしもし)

自分に心の中で語りかけた声は、うわん、と反響する。澄んでいる。
他の思考や悩みや、雑多な物に邪魔されずに もしもし だけが純粋に頭の中へ響く。

(これからどうしますか)

この答えに対して、私の頭は沈黙を貫いた。自分でもどうするのが正解か、分からない。私は自分のおっちょこちょいを「個性」と捉えて何とか気持ちのやりくりをしてきた。

発達障害を殺して「普通」になれば、私の個性も死ぬのだろうか。
そんな不安もある。 あれほど焦がれた「普通」が、手に入りそうになると現実味を帯びて、少しこわい。

親や姉に「実は精神科に通っていて、適応障害とADHDなんです」とカミングアウトする場面も鮮明にシュミレーションしてみる。しかしそれもうまくいかない。

泣きながら自分を叩く私に、「全部、私のせいだから ごめんね」と悲痛な面持ちで謝った母。誕生日に読み切れないほど長文のラインで「これからの人生何とかなる」と励ましてくれた父親。姉…は、むしろ私が同居して面倒を見ているのだが、ことあるごとに私の懐具合の心配をしてくれる。

三者三様に優しく、心のやわらかい人たちだ。だからこそ、言えない。
私はこれからも隠し続けるだろう、ばれない限り。

優しいこの人たちに、「私は普通である」という嘘を貫き続ける。

22歳、AB型、左利き。好きな食べ物はミョウガと紫蘇。
趣味は読書と美術館、博物館巡り。
現在適応障害とADHDでメンタルクリニックに通院中。

私のプロフィールには、どんな要素が追加されてゆくのか。
この先は不安で、怖くて、だけど少しだけ楽しみでもある。



もしもし、聞こえますか。


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