結婚してみる、人間の面白さ

社会人となり、バンドも辞めて、ひょんな事から看護学生になった私だったが、仕事は思いのほか楽しく面白く感慨深いものだった。
プライベートでは、同棲を経て入籍もした。父が手紙を持って職場まで来てくれて、師長の手を介して私の元に届けてくれた。事実上の結婚の許しが記されていた。私は師長室で嗚咽をあげて泣き、19歳の誕生日に籍を入れて、ケニーの妻になった。

病院内での看護助手をしながら、看護学生をやるという日々の中で、人が死ぬところを見た事がなかった私は、衝撃も受けたし、また、生き切ることの素晴らしさも知った。私が働いていたのは老人病院と呼ばれる、要するに最後の場所だったので、多くの老人と触れ合うこととなった。
内科や外科、整形外科、循環器科、脳神経外科といったメジャーな課ではなく、老人内科。スタートがそこだったからこそ、私は今も看護師が好きなんだと思うのだ。
人生の最後に立ち会う私にとって、その人が生きてきた証が体であった。認知症になり麻痺があり、自由にならない体は、その人の全てを物語る。どんな人生を歩んできたのか?私はとても興味深かった。そして、人が命を生き切り死ぬという事にも、とても興味があった。
老人病院という名前の元、そのくくりでは収まらない人達も多く入院してきた。

例えば、50代アルビノの男性。精神薄弱で言葉を持たない彼は、鋭い眼光で人を寄せ付けなかった。動物同様或いは、それ以上の警戒心で、暴れ吠える事で自分を表現していた。肌は透き通る白さ、そして冷たい。瞳はどこか異国の海のように透き通ったブルー。"青"ではなかった。初めて目の当たりにするアルビノ。
私は様々な事を調べた。アルビノの悲しい歴史や苦しみ。それからが私自身を彼へと向かわせた。
彼が生まれてから、今この場に至るまで、どんなものを見て感じてきたのか。愛したり愛されたりしたのだろうか?自分自身を愛した事があるのだろうか?
言葉を持たない彼に対して、私は真正面から言葉を話すのではなく、斜め横辺りから空気を伝わって私の思いを届けてみた。
「私はあなたをもっとよく知りたいよ」
彼のペースで彼の許可が出るまで、距離を取ったまま、だけど同じ熱量で彼の斜め横にいる事を続けた。
ある日、彼が私に手を伸ばしたので、私は彼の手を握り、笑うと彼も笑った。彼からオッケーが出たんだなと確信した。人は、誰しも愛したいし愛されたいはずだ。誰かと交わりたいし交わる事への恐怖もある。
この彼との事は、私の看護師人生だけではなく、人として生きていく時の糧となったに違いない。

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