錬金術師と千里眼(ブルズアイ)の亡霊:21

 果たして錬金術師はどこまで先を見通しているのだろう――双眼鏡を手にマキナの所在を探しながら、ふと射魅は考える。
 師匠の義手をこうして移植するまでは技師などという職種は縁がない存在だったが、きっと普通の技師はそんなことはしないだろうと早い段階で分かってはいた。この街に来てわけも分からず錬金術師に色々なところに連れ歩かれて、警察からマフィアまでとんでもなく幅広いコネがある様を見せつけられたのだから。本当に何者なのだと改めて疑念が湧いて来る。そして今こうして、射魅に仇討ちの絶好の機会を与えるためにあれこれと指示を送り、また彼も自らの仕事がそこに絡むと知ってか積極的に動いている。
 どう考えてもその行動は、まともな技師のすることではないのだろう。とはいえ、他人の命を奪うようなまともではない仕事を選んだ自分にはそう語る資格はないかもしれないが。
「上等だよ、ちくしょう」
 目を閉じ、大きく深呼吸をする。焦ってはならない。絶好の仇討ちの舞台が整う算段があるのなら、それを他ならぬ射魅自身が台無しにしてはならない。必ず追い求めている獲物を捉えて決して逃さない。そのことだけに今は集中すべきだ。余計なことを考えている場合ではなかった。
 呼吸を整えて再び目を開き、視界と思考に集中する。ただ『見る』だけではダメだ。優れたスナイパーとは標的の行動や思考を事前に掌握し、狙撃のチャンスだと定めたタイミングに標的を誘導するものと師は語っていた。『千里眼』の通り名が示す通り、ただ『見る』のではなく『見通す』ことこそが肝要なのだ。
 ――今まさに銃撃戦が繰り広げられている倉庫を確実に射程に捉えられる狙撃ポイントは、ある程度絞れている。しかしどこから撃って来たかを朱纏たちに悟られないためには移動も必要だ。錬金術師が言うように狙撃銃がドローンと一体型のものだとすれば、各ポイントにマキナを配置しておいてその間を移動させればいいだろう。その間に銃のリロードを完了できるだけの時間の余裕も生まれるはず。
 ドローンがどれだけの飛行速度を出せるかは分からないが、動いている最中を捉えるのは至難の業だ。とすれば狙撃ポイントでマキナが銃を手にして準備を整えるその間か、ポイントで銃を撃って次の場所にドローンが移動する直前のどちらかに最大の隙が出来る。ならば、錬金術師が狙うタイミングはその時だろう。
 と、その時に双眼鏡を通した視界に微かに見える閃光。間違いなく狙撃の銃火だ。そこはまさに今思い描いていた狙撃ポイントの中の一つ。とすればドローンは次のポイントにもうすぐ移動する。その予想される行き先は。
「錬金術師、見つけた!ドローンの場所は――」

「ナイスだ。さすがは『千里眼』の弟子だよ――『破壊(デストラクション)』」
 インカム越しに聞こえてきた射魅の合図を確認し、錬金術師が笑って宵闇の空に舞う。
 片手には巨大な大剣『フラスコ』――思い切り振り上げたその刀身が月明かりを反射して微かに閃く。大きな得物を手にしているとは思えない軽やかな跳躍。その眼下には今まさに、事前に待機させられていたマキナがドローンと合流しようとしているところが見える。絶好のタイミングだった。
「アジトの警備までやらせるとは、人使いの荒い依頼主だな。まあ、マキナ使いの荒いスナイパーなら相性はいいが――」
 果たして誰の襲撃を予知しての警備の配置だったかはもう知る由もないが、仮にそれが朱纏の組織に対してのものだったとすれば今回の襲撃を許してしまったのがそもそもの失策だ。事前に足止めをしてアジトに近付かせもしないようにするのが警備の役目なのだから。油断していたのは童銘か、依頼主か。いずれにしてもこうなった時点で結果は見えている。重力に任せてこのまま落ちていった先がどうなるかと同じように、その未来はもう避けられない。
「――いずれにせよ、これでゲームオーバーだ!」
 言葉と共に刀身を振り下ろす。刀身に走る赤いレーザー刃がドローンに触れたその瞬間に『フラスコ』の機能が作動、超高熱で触れた金属をあっという間に融解して液状化させて取り込んで。
『MATCHED』
 それはまさに錬金術師が描いていた推論が正解だったという証。モニターに表示されたその文字と同時に、ドローンと一体化した狙撃銃はあっという間にマキナの目の前から消え去ったのだった。
「……ビンゴ」
 低く呟いて、ドローンを待ち構えるように片膝をついていたマキナを一瞥する。ところどころの表皮が剥がれている醜い姿がいかに粗雑な扱いを受けていたかを雄弁に物語っていた。どこで拾われて来たかは分からないが、抜け殻同然のこの状態になってから、何かしらが起こらない限りは何の手も付けずに放置同然だったのだろう。恐らく他の狙撃ポイントとやらにいるマキナも同様だ。マキナを道具とみなすのは構わないが、道具として有効に活用する気なら扱いもそれなりに丁寧であるべきで。その最低限のルールすら守れないところが、錬金術師がイメージしていた下衆な人間像の何よりの裏付けだった。
「終わったぜ、朱纏。そっちはどうだ?」
 携帯を手に短く問いかける。受話器の向こう側は先ほどまでの銃撃戦が嘘のように静まり返っていて。その中で、息一つ乱していない静かな返答が返って来た。
「こっちも終わりだよ。分かってるだろ、僕は負けないってさ?」

 硝煙と血のにおいが立ち込める死屍累々の中で、傷一つなく朱纏が立っている。骸の中には彼の部下たちも数名混じっていて、生き残った者たちがその後始末を忙しなく行っていた。敵であった者たちには全く目をくれることもなく。
「うまくやってくれて感謝するよアル君。そっちの仕事も目途がついたようで何よりだ」
「まあな。とは言ってもこれで全部一件落着ってわけじゃねえだろ」
 錬金術師がそう返して、ふぅと息をつく。そう――この銃撃戦はただの前座でしかない。本番はこの後に待ち構えているのだから。
「そうだね。ここから先はいよいよ、彼女の仕事だ」
 ゆっくりと朱纏が歩き出し、ボスだった男の死体のそばで立ち止まる。眉間に風穴を開けて動かなくなった彼の死体を冷徹に見下ろして、片手の杖で上着のポケットを探る。欲しいのはもう一人の不届き者に辿り着くための連絡手段。直接あっさりとは殺さないと宣告したのだから、最高にその存在を嘲笑ったうえで始末をつけなければ。
 かつん、と石突が何かにあたる感触。杖を器用に動かして朱纏は男のポケットから携帯端末を取り出して口角を吊り上げた。
「新生『千里眼』の初仕事だ――門出を華々しく飾ってやらなきゃ、ね」

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