錬金術師と狂犬症候群(レイビース・ナイト):6

 と――その時だった。再びの来客は。
「お取込み中のところ、邪魔するぜ」
 扉を開けてやって来たのは、相変わらず不遜な態度でポケットに手を突っ込んでやって来た錬金術師だ。フードをすっぽりかぶったその横顔に視線を向けると、朱纏は屈託なく片手をあげて声をかける。
「あれあれ、どうしたのさアル君?遊びに来るなら先に言ってくれりゃいいのに」
「んなわけねえだろ、仕事だ仕事」
「寂しいこと言うなぁ。ぼっち極め過ぎじゃない?」
「うるせえ、冗談も大概にしろ」
 いつも通りに気安い朱纏の呼びかけを冷たくあしらって、錬金術師は応接用のソファに歩を進める。楼亜は不思議そうな目でそんな二人を交互に見つめ、あまりにもフランクなやり取りに呆気に取られていた。仮にも街の支配者を相手にしているとは思えない、恐れを知らない堂々とした錬金術師の態度。そこには義理も何もあったものではない。
「アンタが楼亜、でいいんだな」
「そうですが……どうして俺のことを?」
「店に行ったらここにいると聞いたんでな。わざわざ頭を下げに来るとは、度胸が据わってるんだかクソ真面目なんだか」
 突然知らない顔に名を呼ばれ、ますます楼亜は目を白黒させる。そんな彼の態度などお構いなしに錬金術師は真向かいのソファにどしりと腰を下ろし、はぁと一つ息をつく。どうやら用があるのは自分にということらしい。一体何の目的で、そしてそもそも彼は誰なのか――状況が全く呑み込めない楼亜の様子を察して、朱纏が笑いながら口を開いた。
「おいおい、自己紹介ぐらいはしてやりなよ。彼は錬金術師(アルケミスト)。平たく言えばマキナ専門の闇医者、みたいなもんかな?」
「何だよその雑な紹介」
「文句があるなら自分で名乗るんだね~」
「チッ」
 軽い態度で全く悪びれない朱纏に舌打ちをして、錬金術師はポケットから写真を1枚取り出して楼亜に見せる。そこに写っているのは今回暴走してしまったマキナの『本来の』顔写真。恐らくホームページか何かから拾ってきた画像だろう。楼亜はその写真を手に取り、向かいの錬金術師に目を向けた。
「とあるアンタの店の太客さんから、そいつの修復を依頼されてな。その修復に必要なパーツのリストが欲しい。それとメモリのバックアップデータもな。マキナの管理をしてるのはアンタでいいんだろ」
「それはそうですが……太客って?」
「最近おたくのマキナにお熱の風俗嬢さんだよ」
「は、弓魅がそんな依頼出したっての?ったくもう」
 今度は緋芽が頭を抱えた。最近彼女が随分と通い詰めているということは店の中でもよく聞いていたし、何度か一緒に行かないかと誘われたこともあったが、あまりに圧が強すぎたので丁重に断ってきたのだ。そんな風にとにかくミーハー気質が強すぎる彼女がどんな風に錬金術師に泣きついたのか容易にイメージも浮かんでしまう。
「襲われたのに修復してくれなんて、そんな……」
 突然の展開が続き過ぎて、楼亜も思考が全く追い付かず額に手を当てる。申し訳ないというべきか、そこまで自分の店を思ってくれていることに感謝すべきなのか分からない。ともあれ、どうやらもう一人厄介になる相手が増えてしまったことは確実らしかった。錬金術師も皮肉な笑みを浮かべて頷く。
「俺だってどうかと思うよ。だが仕事は仕事だ、しょうがねえ」
「……分かりました。店に一通り保管してあるんでついて来てください」
 そう言うと、楼亜はソファを立ってまた朱纏に行儀よく頭を下げる。
「改めて、ご迷惑をかけました朱纏さん」
「だからいいってば。ほら、早く行った行った」
 苦笑を浮かべ、朱纏が催促するように片手をひらひらと振る。錬金術師もそんな楼亜の礼儀正しさに肩をすくめると、ゆったりと立ち上がって後に続いて事務所を後にするのだった。

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