錬金術師と千里眼(ブルズアイ)の亡霊:13

「……さすがに悪手だぜ、直接ヤツを狙うのはまだ早過ぎる」
「いいんだよ。あわよくば死んでもらえるとありがたかったが、ここで始末出来なくても牽制にはなる」
「馬鹿言え。始末し損ねたんならなおのこと厄介この上ない」
「何でだ。朱纏にデカい面させないようにビビらせておけば、少しは大人しくなるだろ」
「あいつはそんなタマじゃないんだよ。むしろ躍起になっておたくらを探し回る。今回の一件はかえって自分の立場を危険に晒しちまっただけだ」
「おい!あんまり偉そうな口叩くなよ、俺たちはアンタの下についたわけじゃねえ!」
「上も下もないだろ。俺は親切で忠告してやってるだけだ。この街のことを知らないおたくらのことを心配してな?」
「ほざけ!朱纏に直接手を出そうともしねえ臆病者のくせに」
「敢えて手を出さないんだよ。あいつと真っ向からやり合うなんてそれこそ馬鹿のやることだ。何事にもタイミングってもんがある」
「つくづく口が減らねえなアンタは……とにかく、もうアンタの話は結構だ。これからは俺たちの好きにやらせてもらう」
「どうなっても知らんぜ。今のおたくらじゃ、すぐにヤツに潰されて終わりだ」
「言ってろ。俺たちには『千里眼の亡霊』がついてるんだ、何をしようが無駄なんだよ」
「そいつを紹介したのは俺なんだが?」
「うるせえ!文句があんならテメェから先に始末してもいいんだぜ!」
「やめろ馬鹿。とにかく行くぞ」
「兄貴、けど!」
「そこまで俺も恩知らずじゃねえ。今始末する必要はどこにもねえだろ」
「チッ!」
「ま、アンタも自分の命が大事なら身の振りってのは考えておいたほうがいいぜ。色々とお膳立てしてくれたことには感謝してるが、あんまり口うるせえとさすがに我慢も限界だ。その辺、頭のいいアンタなら分かるよな……荊良さん?」
「ケッ!命拾いしたなァ、兄貴の温情ってヤツに感謝しやがれ!」

「……やれやれ。出来のいいオモチャを手にした途端にこれか。その辺の子供と大差ないね。少しは面白くなるかと期待してたんだが、ここいらが潮時ってヤツだろうなァ」
 一方的に突き付けられた理不尽な三行半に、荊良は苦笑して男たちが去っていった路地を眺めている。分不相応にもこの街のトップの命を狙ったよそ者たちの今後を思うと、どういうわけか憐れみよりも滑稽さのほうが増して感じられた。
 この街で成り上がろうとしている勢力はごまんといるが、数あるやり方の中でも真っ向から朱纏への敵対心を隠さずに立ち振る舞うことは最も愚策だ。大抵は表向き面従腹背の姿勢を見せておいて反撃のタイミングを探すのがセオリーであって、真っ向から挑みかかっても容易に武力の差で潰されることは目に見えている。もっともそうしてずっと牙を隠し続けているうちに、いつしか反抗の意思を放棄してしまう者も少なくないのだが。
 そんな中の一勢力に、ほんの気まぐれで知恵を貸しただけだった。たまたま『千里眼』が仲間に裏切られて殺されたことを知り、その裏切り者が独自に行動を開始したという情報を知ったので、それを伝えて事の成り行きを眺めて楽しもうと考えただけ。しかしこの調子ではその『見世物』も、結末は期待したほど面白いものにはならなさそうだ。
「温情ねェ……俺の厚意を無下にしておいて、よくもまあ言えたもんだ」
 分不相応な思い上がりから、彼らは自ら愚策を選び取った。幕引きはおそらくそう遠くないだろう――とすれば、さて自分はどう動くべきか。
 否、その答えはもう一つに絞れていた。皮肉にも彼らが口にした通り、『頭のいい』荊良には取るべき選択肢など既に見えている。
「さてさて……本当に賢い選択が何なのか、手本を見せてやるとしますかね」
 荊良が口元を歪め、不敵に舌なめずりをする。その瞳の奥は、秘めた悪意の濃さによって夜空よりも真っ暗に染め上げられていた。

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