錬金術師と千里眼(ブルズアイ)の亡霊:18

 狐が射魅のために用意したセーフハウスは郊外にあった。周りに他の住居もない、古びて誰も使わなくなったアパートの一室――そのベッドでやることもなく寝転がっていた射魅は、まだあまり自由に動かせない義手をぼんやりと眺めてため息をついた。
「……くそっ」
 この左腕をまともに扱えるようになるのを黙って待つわけにはいかないが、かといって血気に逸って返り討ちになるのも違う。認めたくはないが錬金術師の言葉は腹立たしいほどに的を得過ぎていて、反論の余地もなかった。自分が今この状態でも出来ることが何なのか、それを実行出来ないような甘えは許されないということをはっきりと改めて突き付けられてしまった。
 悔しいことに、錬金術師の言葉は何一つ間違っていない。そこに自分が思い至らなかったことが何よりも情けなかった。
「何なんだよ、あたしは……」
 師匠の仇討ちをすると息巻いて、無鉄砲にその行方を探し回って何度も空振りをして。その尻尾を掴むことも仇討ちのための準備も、今のところ他の誰かがあつらえてくれているだけで大して自分自身は何もしていないようなもの。そんな無様な状態で本当に仇が討てるのかという疑念すら浮かんで決意が揺らぐ。無力感が次から次に襲ってきて、頭がどうにかなりそうだった。
「……随分と暇そうだな、バカ弟子さんよ」
 と、そこに向こう側からかけられる皮肉の声。どこまでもグサリと突き刺さる言葉を言ってくるものだが、腹を立てるほどの元気は今の射魅にはなかった。力なく無愛想に、寝転がったままで返答を返す。
「うるせぇ。あたしをバカにするためだけにここに来たアンタだって似たようなもんだろ」
「生憎だったな。そんな暇潰しの趣味は俺にはねえよ」
 上着のポケットに手を突っ込んだまま歩み寄ってきた錬金術師が、鼻で笑ってみせる。今のところ完全に一枚上手をとられっぱなしの状況での精一杯の抵抗は虚しくも空振りだった。それがいっそう射魅の心にダメージを負わせた。
「……ずっと思ってたけど、ムカつくよアンタ」
 不機嫌そうにそう呟いて、寝返りを打ちそっぽを向く射魅。しかし――錬金術師はそのベッドを軽く足で小突きながら。
「ヘソを曲げてる場合かよ。もうすぐ事態が動くぞ」
「えっ?」
「朱纏が明日の夜には連中のアジトにカチコミをかける。多分やっこさんも駆り出されるだろうな」
 その言葉に思わず射魅が跳ね起きた。童銘の行方に迫れるチャンスが突然巡って来たのだから無理もない。しかもよりによって標的にされている朱纏本人が動き出すというのだから只事でないのは明白だ。またとない絶好の機会だった。
「ホントか!?でも、何で急に相手の情報が分かったんだよ」
 しかし、あまりにも事態が急転し過ぎている。何の手掛かりも掴めず朱纏が苛立っていたのはついこの間のことだ。そこに疑問が浮かぶのは当然のことだろう。すると――錬金術師はニヤリと笑って得意げに指を立てた。
「いいオモチャが手に入って調子に乗るタイプか、それとも丁重に大事に扱うタイプか。今回の連中は前者だっただけだ」
「……どういう意味だよ?」
「要するに、考えナシのバカだったってことだよ」
 妙な比喩を持ち出されて眉を寄せる射魅を尻目に、錬金術師が布団を剥ぎ取る。黙って寝転がっているだけの状態などもう許さないといった形で、しかし決して怒っているような軽蔑しているような風もなく、真っ直ぐに射魅を見据えている。
「そういうことだ。アンタも動いてもらうぜ」
「動く……って何を」
「その状態でもやれることだ。言ったろ、腕が使えねえからって泣き言ほざくだけじゃダメだってな」
 錬金術師の表情には確信があった。今回の朱纏の行動が、射魅が仇討ちを成功させるための絶好のきっかけになることを。そして同時に自分自身の『仕事』も完遂に至るための絶好の機会だということを。そのためには射魅も自分の役目を果たさなければならない。その役目が何なのかは既に、彼の中で決まっていた。
「待たせたな。さあ、仕事の時間だ」

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