マキナの街の錬金術師(アルケミスト):18

「あーあー。さて、お集りの諸君に大事な話がある」
 一通りのメンバーが揃ったのを確認すると、ロビーの壇上に上がった朱纏はマイクを通して一堂に声をかけた。
「まあ何となくお察しだとは思うけど、現在ウチで扱ってたマキナを狙った連続襲撃事件が起こってる。ここに集められたのはおそらくその標的になると思われたマキナ達だ」
 普通なら動揺が起こってもおかしくないような物騒な発言だったが、会場内の誰もその言葉に対して声を上げることはなかった。すんなりとその危険を受け入れてのことではない。この場に漂う緊張感に声を発せずにいるのだ。
 朱纏が壇上に上がったその時点から、明らかに空気は変わっていた。無論それを感じていたのは歳蓮の傍らに立つマスターも同様だ。先ほどまで屈託のない笑みを浮かべていた朱纏は、どこか軽い口調ではあるがもう笑ってはいない。その表情の変化が場の空気を一気に凍りつかせている――下手な言動をすれば命を奪われかねないと思わされるほどに。
「僕も色々考えたよ。このまま彼女たちを自由にしておくべきなのか、それともこっちで保護下に置いて身の安全を確保すべきなのか」
 壇上から告げられる言葉がどのような意図を孕んでいたとしても、迂闊にそれに逆らうことは出来ない。朱纏の組織の人間が大挙しているこの場はすでに彼の掌中にある。妙な素振りを見せれば、懸念の通り呆気なく始末されて終わりだ。誰もがその緊張感と――しかしながら、束の間でもかつて名を馳せた『アビス』という名店に身を置いていた歌姫たちと過ごすことが出来た喜びを手放すかもしれないことに対する拒絶感に揺れている。
 その胸中は、朱纏にも手に取るように理解出来た。だからこそそれを敢えてはっきりと口に出す。
「まあ正直、こっちで保護するってことになったら嫌だよね。憧れの歌姫との夢の生活がおしまいだなんて、はいわかりましたって納得は出来ないだろうさ」
 そう言って朱纏は笑ったが、つられて笑う人間は誰もいなかった。本当に朱纏の考えがその言葉通りだとは限らない。便乗して声をあげたその瞬間に何かをされるかもしれないという恐怖が全ての言動を封じている。
 その沈黙が退屈だったのか、朱纏は深いため息をつく。否、それは退屈からではなかった。ため息から顔を上げた朱纏の表情は――冷徹に変わり果てていた。

「でも、残念ながら終わらせちゃうんだろ……お前はさ?」

 と、その言葉を合図にしたかのように天井に大穴が空いた。その轟音と共に飛び込んできた人影――マキナが両手に凶刃を光らせて迫る。
「うわあっ!」
「何、何なの!?」
 悲鳴を上げて逃げ出す招待客。しかしマフィアたちの対応は早かった。建物内にいた朱纏の部下たちが一斉に銃器を構え、侵入者に向けて弾丸を連射する。呆気なく蜂の巣にされたマキナの残骸はそのまま無様に、天井の破片を避けて群衆が散開したスペースに墜落した。
 そう、これは『アビス』の時と同じだ。朱纏の脳裏に嫌な記憶が過ぎり、同時に彼の内側で燻っていた怒りがその勢いを増していく。しかしそれでも精一杯にその感情を押し殺し、低く朱纏は呟いた。
「……やっぱりここに来たんだな、クソ野郎」
 するとその天井の穴から、次々にマキナ達が投下されていく。襲撃は1体で終わりではなかったらしい。集められた招待客たちから悲鳴がコーラスのように発せられ、一瞬で場内は阿鼻叫喚の戦場と化した。
「撃て、撃ちまくれ!」
「どこの馬鹿だクソ野郎、ブッ殺してやる!」
 迎撃に出るマフィアたちの銃弾が飛び交い、逃げ場をさらに狭めていく。パニックに陥った人々はテーブルの下に逃げ込んだり、あるいはバーカウンターの奥に隠れるなどしたが運悪く銃弾が体をかすめてしまった者もいるようで、痛々しい声がちらほらと聞こえた。
「まずい、まずすぎる……いったい誰がこんな!」
 歳蓮を本能的に庇いながら、マスターがきょろきょろと周囲を見回す。朱纏の口ぶりからして一連の襲撃事件の犯人がこの場に紛れ込んでいたことは明らかだったが、しかしここまで大規模に仕掛けて来ようとは思いもよらなかった。
 だがそれでもはっきりしているのは、この場に乗じてその犯人が直接自分たちに近づいてくるかもしれないという危険な可能性。一刻も早く自分たちはここを離れなければならない。後ろに座らせた歳蓮に向けて切迫した声でマスターは呼びかける。
「歳蓮、早くここから離れ――」
「見つけた」
 その言葉を遮るように、マキナの1体が2人を視界に捉えて声を発する。手にはギラリと怪しく光るナイフ――生身の人間の身体能力ではまずその一撃からは逃れられないだろう。マスターの顔が一気に青ざめた。
「来い、歳蓮……用があるのは、お前だ」
 その声はマキナ本人が発したものではない。何者かがボイスチェンジャーで自分の声を加工し、遠隔でマキナを通して歳蓮に語り掛けているのだ。操り人形のように不格好に歩み寄るマキナが、歳蓮を捉えたまま迫ってくる。それを確認した歳蓮は手首のデバイスを操作し、表情を変えることなく空間に文字を投影した。
『お断りします。今の私はこの方の店で歌うことが仕事です』
「歳蓮!」
 文章が表示されて1秒も経たず、マキナの凶刃があっという間に2人に迫る。とっさに歳蓮を庇いながら、ああこれで終わった――とマスターは悟って目を閉じた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?