錬金術師と狂犬症候群(レイビース・ナイト):10

 ガシャン、とマキナをベッドの上に乱暴に寝かせて錬金術師はふぅと息をつく。さすがに自分のねぐらまでマキナ1体を担いで歩いて来るのはそう楽なことではない。与太たちに通報してパトカーを足代わりに使うことも考えたが、そうなると先に警察に寄り道をしなくてはならなくなる。自分が済ませたい『用事』が後回しになるのもそれはそれで癪ではあった。
「……余計な荷物増やさせやがって、クソが」
 毒づきながら、ポケットにしまっていたUSBスティックを取り出して眺める。ひとまずこの中に『クレッセント』に関わるマキナのデータは一通り入っているとなれば、今寝かせた――先ほど自分が機能を停止させたあのSPマキナのデータももちろん含まれているに違いない。
 とすれば、『狂犬病兵』と化する前と後を見比べるサンプルとしては問題ないだろう。弓魅の依頼を果たすためのヒントが何かそこで得られる可能性も十分に期待できる。
 USBを機材に差し込み、ロッカーに乱雑に突っ込んでいた大剣『フラスコ』を取り出す。その柄に機材から伸びる配線を数本接続し、音声入力でシステムを起動。
「創造(クリエイション)」
 入力に応えた『フラスコ』が青いレーザーの刀身を形成する。レーザー光が透過した部分にあるものを読み込み、その素材や構造を読み取るためのスキャナ機能だ。出力に問題がないことを確認すると、錬金術師は片手でそのレーザー光をベッドの上のマキナに向け、頭から足に向けてゆっくりと動かしていく。レーザーを通して読み取られたデータが機材へと取り込まれ、USBスティック内に収められたマキナのデータベースとの間で照合を開始。
 特に今回は、あの液体金属が変形したヘッドギアに覆われてしまった頭部が中心だった。錬金術師もその部分を念入りにスキャンする。果たして元の頭部は原形を留めているのか。留めていたとしてもその内部の基盤や骨格と言ったところは無事なのか。外観からでは分からない部分などいくらでもある。
 一通りのデータが読み込まれたことを通知する電子音声が聞こえると、錬金術師は『フラスコ』の電源を落として肩に担いで機材に振り返った。ディスプレイに表示される文字の羅列が、USB内のデータベースと合致したものとそうでないものを選別していく。予想通り頭部以外の部分はほぼ元のままで、合致している項目がほとんどだ。とすればやはり頭部を覆ったこのヘッドギアが仕掛けの全て。『狂犬病兵』の中枢だ。
 ただ問題は、本体頭部との接合がかなり根深いというところだった。ヘッドギアのみを除去出来ないかというところも考えたが、どうやらそう簡単な施術では済まないらしい。画面を睨みながら錬金術師は一つ大きなため息をつく。
「だよなぁ。まあ、そう楽な仕事はさせてくれねえか」
 おそらくは、今警察で一旦預かりになっているあのホストマキナも似たような状態だろう。ヘッドギアを取り除く形では修復を完遂出来ない。とすれば――
「……頭を外して作り直し、か。こいつは思ったより骨が折れそうだな」
 このSPマキナはまだいいが、修復を依頼されているホストの方は特に『顔が命』というやつだ。元と寸分違わぬ形にしなければ店の評判にも関わって来るだろう。ヘッドギアを外して本来の顔が露に出来ればそちらと見比べて作り直しもしやすかったが、今回はそれが出来ない。一筋縄ではいきそうにないだろう。
 それに問題はやはり『狂犬病兵』だ。先ほど読み込んだデータからそちらに該当する範囲をクローズアップして画面に映すと、錬金術師は狼を思わせるシルエットのヘッドギアに視線を向ける。
「外しちまった方がいいのは当然だろうが、こっちの始末もつけねえとな……つくづく面倒くせぇ」
 こうして自分が目にしただけで既に2体。警察もまだその全容が掴み切れていない。暴走を引き起こすタイミングはある程度決められるらしいが、どうやってその仕掛けを発動させるのかが未だにはっきりしていない。いつどこで次が現れるかの予想に使えそうな判断材料がなさ過ぎる。
 と、その時テーブルの上に置かれていた携帯端末がタイミングを計ったように振動を始める。それに気付くと錬金術師は画面に目をくれることもなく無造作に端末を手に取った。
「……盗撮でもしてんじゃねえだろうな狐(フォックス)」
「お前の住処なんて見てても楽しくも何ともないわよ。いいから来て、話があるの」
 受話器の向こう、狐の声色は心なしかいつもよりも落ち着きがない。彼女も何やら切迫した状況のようだった。その様子は新鮮ではあったが、ともあれタイミングとしては本当にいいところだった。『狂犬病兵』に関わる情報も彼女ならきっと何かしら握っていてもおかしくない。
「ああ、ちょうどよかった。こっちも話を聞きに行きたかったところだ」
 面倒を押し付けられること自体は癪だったが、狐の情報なら信憑性は保証できる。この状況を少しでも好転出来るなら、その話に乗ってもいいと今は本心から思えた。

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