錬金術師と千里眼(ブルズアイ)の亡霊:23

 話は、少し前に遡る。

 朱纏たちの銃撃戦の現場を立ち去った錬金術師は、すぐさま射魅を連れて自らのアジトに帰っていた。そして休む間もなく彼女の義手のメンテナンスを開始した。
「待たせたな。それじゃアンタの腕をいじらせてもらうぜ」
「それはいいけど、師匠の目はどうするんだよ。そっちの移植は間に合うのか?」
 ベッドに寝かされた射魅が、装置と『フラスコ』の接続をセッティングしている錬金術師に問いかける。義手についてはすでに移植済みなのでそちらの調整だけで済むだろうが、彼女の目は両方とも生身だ。それを義眼に入れ替えるには色々な施術が必要だし、それを一人でこなすのはそもそも至難の業だろうと素人でも分かる。だが事もなげに錬金術師は背中を向けたまま即答した。
「生身の部分は専門外だ。俺は医者じゃねえ」
「は!?じゃあ目はどうするんだよ!」
 思わぬ返答に射魅が慌てて身を起こす。ここまで義手のメンテナンスが先送りになった理由はその義眼の存在故だ。そちらに手をつけないとはどういう了見だ。
「心配ねえよ、そっちはもうアテがある――『創造(クリエイション)』」
 音声キーを認識し、無数の配線に繋がれた『フラスコ』が起動する。その配線のうちの1本はフードを取った錬金術師の首筋に繋がっていて、刀身内に保管されていたデータベースと金属の素材を元にしたパーツ構成のレシピを彼の意識へ送り込む。
「あの下衆な亡霊にも、一つだけ感謝するポイントがあったよ。いい参考をもらった」
「は?」
「アンタは気が短くてクールとは無縁としか思えねえ人間だが、とにかく目がいい。最初に朱纏が狙われた時に真っ先に気付いたし、さっきだってどのマキナをどのタイミングで狙えばいいかの合図もバッチリだった」
 生身の部分を義体に対応出来るように作り替えるのは錬金術師の職分ではないので、その部分は残さなくてはならない。特にそれが本人の長所にあたる部分であればなおのこと下手な手は加えられないだろう。ならば――すでに義手に換装済みの左腕だけを変えればいい。
「なら、そのご自慢の目は義眼に変えるべきじゃねえ。手に入れた『目』には別の使い道が必要だ。やっこさんが使ったのと同じようにな」
 おもむろに錬金術師が両腕を振り上げると、上半身から無数のメカアームが展開されてベッドの上の射魅を取り囲む。いきなりの光景に息を呑む射魅。
「っ!」
「大丈夫だ、麻酔ぐらいはしてやる」
 すでに彼の目にはその義手をどう改造すべきかがはっきり『見えて』いる。錬金術師は一つ大きく息を吸うと――背後の装置やメカアームに向かってはっきりとした号令を放った。
「術式(オペレーション)、開始」

 再び、現在。
 空港からやや離れたビルの屋上で狙撃銃を構えていた射魅は、ふぅと大きな息をつくと引き金にかけていた指を離した。
 銃を構えていた左腕の義手は彼女の体格に合わせた細身のフォルムに変わっていて、その肩に新たに取り付けられていた照準器がモノクルのように射魅の左目を覆っている。照準器が仕事を終え、折り畳まれて肩口に戻るとその奥には生身の眼球があった。その照準器が『千里眼』の眼の生まれ変わりだったのだ。
「……仇討ちは済んだみてえだな」
 背後からかかった声に、射魅は銃から体を離して立ち上がる。屋上の入り口のドアに背中を預け、錬金術師はフードの奥からこちらにニヤリと笑いかけていた。
「感想は何かあるか?」
 完全に自分の体に馴染むように作り替えられた義手を片手でぎゅっと搔き抱いて、射魅は静かに目を閉じる。元は師匠の遺した忘れ形見、今は自分の大事な『利き腕』。どちらもとても大事なものであるのは間違いない。師匠との記憶を脳裏に思い浮かべながら、ゆっくりと彼女は口を開いた。
「初仕事の感想なのか、仇討ちの感想なのか分からないけど」
 空は気持ちがいいほど穏やかに晴れていて、太陽が眩しい。見晴らしもよく今日の狙撃には絶好のタイミングだった。まるで天気までも自分を後押ししてくれているようで、だからこそ――引き金を引く指にも躊躇いはなかった。
「……とりあえず、スッキリした」
「そうかい。そいつは何よりだ」
 言って、錬金術師は射魅に向かって歩き出す。今回の報酬については射魅に朱纏が仕事を依頼した報酬で賄うことになったのでそこの話もすでについた。彼女が仇討ちを見事に果たしたのを見届けることで、ようやく今回の『仕事』は終わりを迎えるのだ。
「これでアンタが新しい『千里眼』だ。亡霊なんて曖昧なモンじゃねえ、確かにアンタはここに存在してる」
「……あたしには、まだその看板は重過ぎだ」
「いいじゃねえか。その腕と同じで、じきその重さにも慣れるだろ」
 ポンと機械仕掛けの左肩に手を置いて、錬金術師が笑う。偉大な師匠の背中を愚直に追い続ける愛弟子の巣立ちと考えれば、これまでの真っ正直過ぎた喜怒哀楽も子供の成長のようで微笑ましい。
 そんな胸中はすっかり射魅もお見通しで、その手を右手で振り払いながら憮然とした表情を向けた。
「アンタのそういう態度、やっぱり嫌いだ」
「世の中こういう輩も珍しくねえんだよ、覚えときな」
 果たしてこの先、新たな『千里眼』となった射魅がどんな風にスナイパーとして名を馳せていくのか。それともその名の価値に傷をつけて終わってしまうのか。どちらになろうが錬金術師にとっては関係がない話だ。それが射魅の選んだ道ならば止める権利は誰にもない。
 しかしそれでも、願うくらいはいいだろう――この先の彼女の行く末が決して悪い方向には傾かないことを。彼女の『腕』の面倒を見た者として、それを有効に、そして大事に使ってくれることを願うくらいは。
「ま、頑張れよ。また技師が入り用になったらいつでも呼んでくれ」
 改めて肩を叩くと、錬金術師は挨拶も短く切り上げて踵を返す。真っ青な空とコントラストを成す黒いパーカーを纏った背中を丸めて、彼は再び自らのアジトに帰る。その姿を見送りながら、表情を緩めた射魅は優しく静かに呟いたのだった。
「……ああ、ありがとな。憎まれ口の錬金術師さん」

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