錬金術師と狂犬症候群(レイビース・ナイト):19

「手口からして、一連の『狼男事件』と同じでしょう。容疑者の候補からは外していましたが、まさか彼女が殺されるとは」
 血痕があちこちに散らばった凄惨な現場写真の数々を指し示しながら、覚理はため息交じりに帰還した与太と錬金術師に状況を説明した。死体は損壊が酷くとても見られたものではなかったが、その状況そのものが『狂犬病兵』の暴走による顛末であることを指し示している。
 だが、そうだとすれば今狙われたタイミングが謎だ。容疑者の候補から外されていたとしても、動機になりそうな怪しい背景は十分持ち合わせている。これから先いくらでも彼女に注目が向くように利用できる算段も用意出来たはずだろう。だからこそ、彼女がここで殺される理由が分からない。
「……錬金術師、何か考えはあるか?」
 渋い顔の与太の問いかけは、他に容疑者の候補がまだ絞り込めておらずお手上げ状態であることの証拠だった。犯人捜しに真剣にならざるを得ないと発言した先ほどの錬金術師の態度を信じて、藁にも縋る思いで事件解決のためのヒントを求めている。
 その言葉を投げかけられた錬金術師はというと、応じるように真剣にフードの奥で目を細めて思考する。ここまでずっと空振りだった推理をアテにされるのも複雑ではあったが、それほど警察としても追いつめられていることも理解は出来た。
 さて――本来ならもっと泳がせていても犯人にとって害が及ぶことがないであろう美歌を、このタイミングで殺すことになった理由。それもまた重要な要素であることに間違いはない。『次』が訪れないために、仕事の支障になりそうな面倒事をこれ以上増やさないために、今はとにかく考えるしかない。確かな答えを導き出すしかない。
「与太。今ここでこのストーカー女を殺す理由、お前ならどう考える?」
「ちょっ、質問してるのは俺だぞ。まずこっちの質問に答え――」
「いいから言ってみろ。犯人が何考えてるか刑事なら可能性ぐらいすぐに浮かぶだろうが」
 錬金術師の有無を言わせぬ逆質問に、与太はガリガリと頭を掻いた。犯人像が絞り込めていないのに随分な無茶振りだ。
 しかし恐らく今頼られているのはこれまでの経験から来る勘の部類だろう――とすれば思い付きで口にするぐらいがちょうどいいのかもしれない。ぽつぽつと呟くように、適当に思いついた動機を口にしてみる。
「自分に危害を加えられそうになってヤバくなって殺した……って線はないよな。いつ何されるか分からない感じってのは今に始まったわけじゃないだろうし。もっと先に殺されててもよかったはず」
「他の可能性は何が浮かぶ?」
「急かすなよ。まあ……もし彼女に容疑をなすりつけるつもりだったんだとしたら、もうその必要がなくなったとか。あるいはそうなる可能性が消えちまったとか」
「そうだ。容疑がなすりつけられないと犯人が判断した理由は何だ?」
 スケープゴートにする必要がなくなったのか、それとも何かの理由があってスケープゴートに出来そうな目途が立たなくなったのか。いずれにしても何かしらのきっかけがそこにあったことは間違いない。急にその判断に至ったきっかけになりそうな出来事は何なのか。それさえ分かれば犯人の正体にも近づけるはずだ。時系列を振り返って可能性を絞り込むとすれば。
「……さっきの仕事場の事件が、ようやく表沙汰になったから?」
 口封じに殺されたのか、それとも『狂犬病兵』の試運転の相手にされたのか、どちらにしても今まであの惨状は誰にも知られていなかった。それが露呈したのは朱纏があの監視カメラの映像データを入手出来たからだ。それに繋がったのは、緋芽からようやく充琉のガード役マキナのメンテナンスが遅れていることを今さらに把握したから。
 そしてそこに繋がったのは――緋芽がその状況を充琉から聞いたこと。彼女がこの一件に関わっていることを、緋芽が知ったから。
「まさか」
 錬金術師の両目が見開かれる。導き出された推理はあまりにも突拍子のない仮説だ、裏付けなど取りようもない。だがもしこの推理が空振りでなかったとすれば。
「おい、どうしたんだよいきなり?」
 与太が怪訝な顔で表情を覗き込んで来る。確固たる証拠がないままではあったが、その可能性に賭けるとすればこの後の展開は容易に想像がつく。犯人の目的と、そのために整えようとしていた土台と、この先起こる事態、その全てが手に取るように思い浮かぶ。
 そんな馬鹿げた計画は、今すぐに止めるべきなのは間違いなかった。
「あンの、大馬鹿が……!」

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