錬金術師と狂犬症候群(レイビース・ナイト):2

「俺の仕事はメンテだ。検死は専門外なんだが」
 安置室に足を踏み入れた錬金術師が、フードの奥で顔をしかめてそう毒づく。先導していた与太がその言葉に振り向くと、面白くなさそうな顔をしているのは彼も同じだった。
「だからお前に頼むのは嫌だって言ったんだ。文句があるなら覚理に言えよ」
「後輩クンかよ。ま、だったら別にいいか」
「いや人を選ぶのかよそこで!」
 敢えて与太の反応を弄ぶようなセリフを吐くのはわざとだ。とにかく感情表現が豊かな彼の相手をしていると、その部分だけはいつまでも飽きることがない。錬金術師なりの親愛のしるしではあった。もっとも、与太本人はそんなことを知る由もないが。
 やがて、壁にもたれかかって2人のやり取りを遠巻きに眺めていた覚理がようやく動き出す。ベッドの上、マキナの残骸にかけられていたシートの端に手をかけて錬金術師に視線を向ける。
「お呼び立てしてすみません。見てもらいたいのは、これです」
 ばさりと取り払われたシートから現れたのは、獣のような『かぶりもの』をしたマキナの残骸。先の一件で2人が機能停止させたあのマキナだった。ところどころ破れ目はあるものの高価だったのだろうと一目でわかるスーツとのアンバランスさが一層際立つ。
「……こいつは」
 その異様さに、錬金術師は眉を寄せた。どう考えてもまともなマキナではない。人間に限りなく似せた見た目であることが当たり前の設計思想に逆行するようなその姿。自分が呼ばれた理由はまさしくこれだったのだろうと、すぐに理解が及ぶ。
「もうこれで3件目だ。突然マキナが暴走して人を襲う、通称『狼男事件』。今回はなんとか死人を出さずに済んだが、一体誰がこんな妙な仕掛けをしたんだか皆目見当がつかない」
 隣から、与太が事件の報告書を押し付けるように差し出して言葉を続ける。無言で錬金術師もそれを受け取ってそちらに視線を移した。
「ウチでマキナの検分を担当する人間でも、こんなのは見たことがないとお手上げだった。だったらまともじゃない技師に見てもらった方が話は早い、ってわけだ」
 安置室に入って何度目になるかも分からない与太の溜め息。事件の手掛かりにも行き着けない重苦しい空気がそれだけでも伝わってくる。言葉少なに錬金術師の様子を伺っている覚理も似たようなもので表情が優れない。
 つまり、2人とも待っているのだ。錬金術師がこのマキナから何を感じたのかという、その返答を。書類の内容を一通り流し読んだ彼の表情はフードに隠れてはっきりとは見えないが、それでもその奥にあるものを刑事たちは必死で探ろうとしている。
 やがて錬金術師は、一つ大きく息を吸った。
「狼男とはまた、メルヘンな喩えを持ってきたもんだな」
「この見た目から思いついて先輩が名付けたんです」
「っ、いいだろ今そんな話!」
 出てきた言葉がいつも通りの皮肉だったので、余計にムキになって与太が声を荒げる。しかし対照的に覚理はその口調がいつも通りではないことを敏感に察していた。錬金術師の言葉は単なる与太への皮肉ではなく――むしろ、事実を知るが故の反論。
「……何か、知ってるんですか?」
 思い切った覚理の問いかけに、錬金術師はその顔を見ずに報告書を手渡して歩き出す。視線の先にあるのはマキナに装着された異形のヘッドギア。その容貌を眺める彼の視線は嫌悪とも軽蔑ともとれる複雑な色を宿していて。
「話せば長くなるが、構わねえな」
「勿体つけるなよ。一体何なんだこいつは」
 急かすような与太の言葉を遮って、錬金術師はヘッドギアをぴっと指さした。そしてはっきりと響く低い声で、彼の知識にある『それ』を語り始めた。目の前にあるこの異形の正体にまつわる話を。
「狼男のほうが数百倍可愛いぜ。こいつは――『狂犬病兵(レイビーズ・アーミー)』だよ」


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