マキナの街の錬金術師(アルケミスト):17

 感じる。自分自身を高めるためのパーツが集いつつある気配を。
 ゴミ溜めのように散らかった路地裏に座り込んでいたその『怪物』――百足は薄汚れたボロ切れの奥で本能的に目を見開いていた。
 先日の錬金術師たちとの戦闘でいくつかのパーツを損失してしまってから、彼は表立った行動を止めて傷の治癒に専念していた。あくまで他のマキナから奪ったパーツの損失のみだったのでそれほどダメージは大きくなかったが、それでもあの一件で警戒が強まっていることは想像に難くない。迂闊に行動してさらにパーツを失うことのほうが大きな痛手だ。だからこそある程度は息を潜める必要があった。
 だが、もうその雌伏の時もそろそろ終わりでいいだろう。のそりと体を起こすと、百足はその気配の元へ向かおうと全身に力を込める。
「よお、見つけたぜクソ百足」
 と、その背中に向けて何者かが声をかける。名を呼ばれた百足は歩み出そうとした体の動きをすぐに止めると――ゆっくりと背後の相手に視線を向けた。
「お前、ハ」
「あいつの言った通りだったなぁ。そろそろテメェが動きだす頃合いだろうってよ」
 巨大なバットを肩に担いで百足を睨みつけているのは――餓鬼だ。口元を覆い隠すマスクのせいで表情は半分見えなかったが、その分血気に逸る視線が彼の感情を雄弁に物語っている。どうやら自分を仕留めにやって来たらしい。
「お前ニ用はなイ、失せロ」
「んだよ、マジで頭バグッてんなこの寄せ集め野郎」
 百足の冷たい言葉を一笑に付し、餓鬼は担いでいた金棒を乱暴に事件に叩きつけた。コンクリートの破片が舞い上がり、餓鬼の視線が一層色めき立つ。
「テメェになくてもこっちにはあんだよコラ。よく分かんねえけど、テメェがしゃしゃって来ると色々面倒くせぇんだってよあいつが」
 餓鬼がこの場にいるのは彼自身の意志ではなく、何者かの指示によるものらしい。百足にしてみればそんな事情などどうでもよかったが――とりあえず自分の邪魔をするつもりということであれば、当然排除しなければならないことは間違いない。
「煩イ……」
 ボロ切れの奥から巨大な尾がゆらりと鎌首をもたげ、刹那のうちに餓鬼に向かって高速で襲い掛かる。しかし餓鬼はバットを片手で振り上げ、その一撃を思い切り弾き上げた。
「ぅうるぁッ!」
 餓鬼が機械化されているのは何も頭部だけではない。瀕死の重傷から狐の手によって蘇った彼は全身の筋力を特にブーストさせる形で機械化されており、小柄な見た目に反してとてつもない怪力を発揮する。振り上げたバットに重心をわずかに持っていかれながらも、慣れた手つきで得物を引き戻した餓鬼が再びバットを肩に担いでメンチを切る。
「そういうわけだからよ、ちょっくら俺と遊んでもらうぜクソ百足――あわよくばブッ壊させてもらうけどなァ!?」
 そう叫ぶと、あっという間に餓鬼は百足の懐に向けて疾走を始める。地面を引きずるバットが軌跡に沿って土煙を巻き上げ、百足の金属製の触手が四方からそれを迎え撃つように迫る。
その軌道を――餓鬼と視界を同期した狐は地下で苦笑交じりに『見て』いた。

「あの馬鹿、またこっちの命令忘れてる……」
 あくまでも百足の足止めが餓鬼に与えられた命令であって、破壊まではその中に含まれていない。まともにやり合って彼が無傷で帰って来れるはずがないのだから、そこまで本気で戦いを挑む必要性はないと繰り返し言ったつもりだったのに。
 だからこそ今回は餓鬼との同期を行って、その行動を逐一こちらで制御する形で百足との戦闘を行わせることにした。格闘ゲームのキャラを操作するような感覚で狐が餓鬼の体を操り、迫りくる百足の触手をさばき、あるいはいなし、そして百足の顔面に餓鬼が前蹴りを入れる。
「どらァ!」
 蹴った反動で餓鬼の体が宙を舞い――その勢いを乗せて地面から振り上げられたバットが百足の顎をかち上げる。
「グッ!」
 その一合で、百足は先日やり合った時とまるきり状況が違うことを本能的に察知した。明らかに相手の動きに明確な意図がある。考えなしに突っ込むのではなく、冷静に状況を見極めてそれに対応する高い判断力。まるで別人を相手にしているような、そんな違和感。
 揺らいだ体勢を立て直しながら目の前の敵を睨むその視線が、狂った殺意の色を増して同時に――その異変の理由を瞬時に理解した。
「そコにいルのか、狐……!」
「おやおや、もう気付かれちゃったか」
 百足の声が怒気をはらんだのを感じつつも、狐は笑みを崩さない。自分に危害が及ぶことはまずないだろうという安心感からか、それとも単純に一観客のような気持ちでこの状況を楽しんでいるからか。いずれにしても彼女に焦りや恐怖というものはない。文字通り自分の手足として戦う餓鬼の視界を通して、ただその瞳は百足の表情を冷静に見据えている。
「まあそんなのは、今さらどうでもいいことだけど」
 ここで餓鬼が妙な動きを見せた時に『お仕置き』をするのは容易いが、それで動きが封じられて百足に隙を与えてしまってはいけない。あくまでも自分の、餓鬼の役割は百足にこれ以上の介入をさせないこと――それが犯人捜しの引き換えに錬金術師から言われていた約束ごとなのだから。
「悪いけどじっとしててもらうわ、百足……今はとりあえず、お前が邪魔なのよ」
 油断なく、餓鬼がバットを構えなおす。血気に逸る餓鬼の視界越しに百足にそう語りかけ――狐は再び『操縦』に意識を集中させながら、無意識に舌なめずりをしていた。

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