マキナの街の錬金術師(アルケミスト):15

「元々『アビス』にいたマキナを、集める?」
「ああ。今回の件についての情報を一旦全体に共有する必要があるんだとさ。関係者を含めてな」
 後日、錬金術師は開店前の『パール』でマスターにそう朱纏からの言伝を告げた。
 先日の事務所でのやり取り以降、実質的に錬金術師はマスターや歳蓮との仲介役を請け負っている。それ自体は大した仕事量でもないのでついでにこなすうえでは何の問題もない。ポケットから取り出した便箋をマスターに手渡し、目深にかぶったフードの奥で錬金術師がわずかに目を細める。
「朱纏は感謝してるらしいぜ。ここまでアンタが歳蓮の面倒を見てくれたことにな」
「そう……ですか」
 行き場所を失った歳蓮をただ引き取っただけで、マスターと朱纏の間に面識はない。直接会ったこともない人間から感謝を向けられても、今一つ実感は湧いてこない。しかし感謝を向けられること自体は決して悪いことではないだろう。戸惑いながらもマスターは素直に便箋を受け取り、封を開く。
 何故、朱纏がこれだけ機械化が進んでいる時世で敢えてメールではなく手紙でのやり取りを選んだのか。それもまた彼なりのこだわりだった。基本的に彼は人体の機械化を積極的に受け入れているわけではない。マキナとのやり取りはもちろん必然的にデータ送信が必須になるが、人間同士のやり取りならば手紙というツールを使うほうがいいと、敢えて時代に合わせずに旧来のやり方を選んでいるのだ。人間として生きている実感のために。
 ちらりと、マスターの視線が歳蓮に向く。まだ着替えを済ませていない私服姿の彼女は、その視線を確認すると肯定の意を示すように頷き、空間に文字を投影する。
『お話は既にマスターから聞いております。異存はありません』
 ここで言う『マスター』は、もちろん朱纏のことだ。自分のことを『マスター』と呼んでくれないことが少しだけ寂しかったが、マスターは再び手紙に目を戻した。
「歳蓮がそう言うなら構いませんが……私もついて行っていいんですか?」
「ああ。言ったろ、朱纏が感謝してると。そいつを直接伝えたいんだとさ」
「朱纏さんが、直々に」
 その手紙というのは、いわば招待状だった。朱纏の傘下にあるホテルのロビーに『アビス』でかつて配備されていた残存するマキナと、現在把握出来る限りで彼女らとの関わりを持っている人間たちを一堂に集め、これまでの事件の情報共有も兼ねた会合を開くのだという。マキナたちだけでなくその周囲にまで身の危険が及ぶ可能性といったところを考えれば、確かに妥当な判断だといえた。
 そして組織が店を監視下に置いてくれるのだとすれば、先日の錬金術師の行動も合点がいく。ボディガード役を組織の人間に依頼すればなおのこと安全面は約束されたものだ。そのための接点がこの場で結べるかもしれない。メリットしかないのは間違いないだろう。
「どうだ、アンタにとっても悪い話じゃねえだろ?」
「ええ、そりゃもう。急な話なんでビックリしましたが……」
 マスターが招待状を受け取ったことを確認すると、錬金術師はすぐに踵を返した。
「そういうわけだ。じゃ、確かに伝えたぜ」
「どちらに?」
 マスターが去り行く錬金術師の背中に問いかける。錬金術師は振り向くことなく、ひらひらと片手を軽く振って応えた。
「決まってんだろ、仕事の準備だよ」

 ――仕事場に戻った錬金術師は、ベッドの上に寝かせた『フラスコ』を見下ろしたままポケットに手を突っ込んで佇んでいた。
 歳蓮のメンテナンスに必要なパーツがどういった構造のもので、用途としてどういった機能を備えているのか。通常ルートではその入手が困難である以上、素材となるものを入手して自分で作るしかない。そしてそのための情報は色々と揃いつつあった。後はどうやってその素材を手に入れるかだけだ。
 必然的にそのあてになるのは、やはり今回のマキナ連続襲撃事件の犯人しかいない。声帯にあたるパーツを奪ったその犯人の目的が何であれ、そいつの行方を辿れば必要なものは間違いなく手に入るはずだ。その機会を手に入れるための下準備が、もうすぐ整おうとしている。
「……面倒かけさせてくれたもんだぜ。全く」
 たかが1体のマキナのメンテナンスが、まさかここまでの厄介な事件と繋がっているとは思いもよらなかった。いつか狐が言った通りまさに貧乏クジというやつだろう。しかし今回はその狐も手を貸してくれている。とりあえずはそれでどうにかなる気はしていた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
 錬金術師の指先が『フラスコ』の刀身を撫でる。その刃は敵対する者を斬るためのものではない。相対するモノを分析・解体するためのもの。その刀身が向けられるべき相手は、おそらくもう目の前だ。あくまで犯人の正体には興味はない。誰が相手であろうと、必要なモノが手に入るならそれ以外のことはどうでもいい。
 フードの奥で赤い瞳がギラリと光る。それはまるで獲物を狙う肉食獣のように、どう猛かつ冷静な輝き。数少ないチャンスを決して逃すつもりはないという決意の証。
「何だろうと今度こそ、逃がしゃしねえ」
 そして、その舞台は――ようやく整おうとしていた。

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