錬金術師と狂犬症候群(レイビース・ナイト):4

「お願いしますっ!彼、あんなことするマキナじゃないんです!」
 とりあえず与太に促されて連れて来られた取調室に錬金術師が足を踏み入れて1分が経つか経たないかといううちに、弓魅は机に頭を打ち付けんばかりの勢いで思いきり頭を下げていた。既に両目にはいっぱいの涙が溜まっていて、彼女が必死であることは誰がどう見ても明らかだ。
「……もうほとんど言い方がヒモの彼氏持ちじゃねえか」
 だからこそ、錬金術師はその必死さに余計に顔を引きつらせる。尋常ではない入れ込みようがほんのり恐ろしい。きっとこういう手合いを世間では『愛情が重い』と言って厄介ぶるのだ。与太たちが手を焼くのも分かる気がした。
 視線を後方に送ると、与太も覚理もやれやれといった感じで頭を振っている。どうやら事情聴取もきっとこんな調子でほとんど中身のないやり取りで終わってしまったのだろう。大きくため息をつくと、錬金術師は子供に言い聞かせるようにゆっくりと口を開いた。
「あのマキナを修復しろって話だが、正直そいつはかなり難しいぜ」
「そんなっ、何でですか!?」
「直せるのは見た目だけだ。プログラムまでは俺も専門外なんでな、直ったところで中身はリセットされちまってる。前と同じってわけにはいかねえよ」
「……ふぇ?」
 涙ながらに抗議したかと思いきや、間の抜けた返事である。本当に子供と話しているようで、ますます錬金術師は気が滅入った。機械に疎い人間の相手をするのは珍しいことでもないが、その中でも弓魅は特段疎いほうだったらしい。それでも、仕事上話さないわけにもいかないのだが。
「要するに見た目そっくりの別人と同じってことだ。接客のイロハも完全に忘れて、本当に一からの出直し。記憶喪失みてえなもんか。元通り働けるかどうかも疑わしいだろうよ」
「そんな……っ」
 錬金術師の宣告に、弓魅はがっくりと肩を落としてぽろぽろと涙をこぼし始めた。それだけお気に入りのホストだったのだろう。それはそれで気の毒ではあったが事実は覆しようがない。仕事の範疇内として出来ることと出来ないことの分別をしっかり示しておくことも大事なのだから。
 そこに後方から入る、呆れかえった与太のツッコミ。
「泣かせてどうするんだよ、錬金術師」
「うるせえ。出来ねえ仕事まで安請け合いするわけにもいかねえだろ」
「何を今さら。割と今まで面倒とか言いながら仕事はきっちりやってきたじゃないか」
「無茶と面倒は違うんだよ。大体面倒ごとだって本当ならお断りだ、俺は何でも屋じゃねえんだぞ」
 半ば喧嘩寸前のやり取りが始まり、頼みごとを持ち掛けた弓魅本人が戸惑って視線を泳がせる。お人好しな性分の与太と皮肉屋の錬金術師だ、真っ向から意見が対立すればはっきり言って妥協点は見つからない。ましてや錬金術師にとっては自分の仕事が関わる話なので、冗談で流すわけにもいかない。今回ばかりはいつものからかう調子もやめてきっぱりと反論に出ている。
「実質やってることは何でも屋のくせに」
「ふざけんな、テメェら警察が役に立たねえからこっちにお鉢が回って来てんだろうが」
「はぁ!?役に立たないってどういうことだよ!」
 しかし、隣で覚理は冷静に何かを考えこんでいるように腕組みをしてそんな会話を聞き流して――はっと何かを思いついたように顔を上げる。
「……バックアップだ」
「え?」「は?」
「勤務先のホストクラブに、マキナのメモリデータのバックアップが残っているはずです。それを復元すれば暴走する前の状態に戻せるのでは」
 そう言って、弓魅に目配せを一つ。一からプログラムを組み直すのは錬金術師には確かに無理だろうが、そのプログラムの土台が残っているならデータの復旧は難しいことではない。これで『中身』も以前と同じ状態に戻せる。弓魅の依頼である『元に戻す』ことが可能になる算段がつく。
「ちょっと待て。そいつは」
「それだ覚理!ナイスアイディア、さっすがだよ!」
 仕事を断る気でいた錬金術師を置き去りに、色めき立つ室内の面々。与太の表情が明るくなり、同時に錬金術師に向ける視線が『ざまあみろ』と言わんばかりに嘲笑を宿す。そして弓魅はまさに地獄の底に蜘蛛の糸を垂らされたかのように、最後の希望を錬金術師に託して潤んだ目を向けて。
「これでひとまず、無茶ではなくなりましたよね」
 とどめとばかりに覚理が、ニヤリと口を歪めて言葉を突きつけ。もうそれ以上の反論が出来る空気でもなくなったことを感じて、錬金術師は観念したように吐き捨てるのだった。
「……後で覚えとけよ、この野郎」

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