錬金術師と千里眼(ブルズアイ)の亡霊:20

 朱纏が突き止めたアジトは、港沿いのもう使われていない倉庫群の中にあった。倉庫より高いビルも周囲にはそれなりに並んでいるが、そこまで数が多くないことが幸いしてか見晴らしもいい。狙撃のポイントとしては良好な環境と言えた。
 だからこそこの場でどこから狙いをつけてくるかは、ある程度絞り込めてくる。それを決して見落としてはならない――双眼鏡を手にする射魅の表情は、これまでにないほど険しいものとなっていた。そう、これが射魅に錬金術師が与えた『仕事』。
「どこだ……あいつ、どこにいるんだ……?」
 暗視用の双眼鏡で追いかけているのは、もちろん童銘本人ではない。本人は決して姿を見せず、ドローンにハッキングさせたマキナの視界を通して狙撃を実行している。とすれば現場にいると思われるのはハッキングされたマキナだ。そのマキナを見つけることが今の彼女の役目。童銘の狙撃を阻止するための大役である。
 ふと、脳裏に錬金術師の言葉が過ぎる。いけ好かないヤツであることは間違いなかったが、とりあえず言っていたことはいちいち的を得ていて。悔しいがそこだけは認めざるを得なかった。

「――あたしがマキナを見つける、だって?」
「ああ。同じ師匠を持ってた人間同士、その辺りのクセというか勘みたいなモンは通じ合うだろ。だったらどこから撃ってくるかは読めるはずだ」
 射魅のセーフハウスを訪れた錬金術師は双眼鏡をベッドの上にひょいと投げ落としながら、彼が思い描いていたプランを口にしていた。どう考えてもマキナのメンテナンスを行う技師のやることではないと思ったが、そんなことはもう今さらだ。双眼鏡に手を伸ばしつつ、射魅はフードで隠れた彼の横顔に目を向けて問いかける。
「マキナを見つけたらどうするんだよ。あたしがそいつを撃てばいいのか?」
「見つけて終わりだ。俺がそいつを仕留める」
「ふざけんな、そのぐらいあたしにだって!」
「いいや、アンタにはやらせねえ。やらせるわけにいかねえ理由がある」
「理由?」
 錬金術師は決して射魅を侮ったような目はしていなかった。どこまでも冷静に、窓を見つめながら事態の行く末を思い描いている。間違いないという確信に満ちた声で彼が語り出す。
「まず一つ。恐らくそのマキナのハッキングに使われるドローンは狙撃銃との一体型だ。手にしたマキナの視界を通して標的の姿を童銘に見せて、そのうえでマキナに銃を撃たせる仕組み。ということはよほど精度の高い照準器が取り付けられてるんだろうよ。例えばそう――『千里眼』の義眼とかな」
「っ!」
「師匠の形見だろうが関係ねえ、道具に使えるなら何でもいいってわけだ。いかにもクズの考えそうなことだ。ともあれその読み通りなら、そのドローンをやればこっちの仕事に欲しかった義眼も手に入る。なら、俺がやるのは当然だ」
 そこまで言って、錬金術師はフンと鼻を鳴らした。童銘という人間に直接会ったことはないが、これまでの手口から想像される人物像はとにかく虫唾が走るほど卑劣なものだった。だからそんな下衆の考えそうな選択肢を取っていけば事件の真相に近付くことはそんなに難しくなかった。そして、それに対してどう立ち向かえばいいかも自ずと見えてくる。
「そしてもう一つの理由。アンタも一応はスナイパーだからだ」
「一応って、おい!」
「銃を握れる状態じゃねえんだ、そこは受け入れろ。話を進めるぞ」
 すぐに頭に血が上る射魅をたしなめ、錬金術師は言葉を続ける。確信に満ちた言葉を。
「スナイパーってのは、誰にも正体を知られちゃならねえんだろ。となりゃアンタがこの件に関わってることをやっこさんに悟らせるわけにはいかねえ。だからアンタが手を下すわけにはいかねえのさ」
 それは確かにその通りだ。スナイパーでもない人間にそれを指摘されるのは痛恨だったが、同時にそこに思い至らなかった自分自身がまた情けなくなる。童銘が自分の姿をさらすことなくハッキングしたマキナに狙撃をやらせているのはそういう意味では理に適っている。決して認めたくはないが。
 と、そこでようやく射魅は気づく。自分自身にとっては最大限の屈辱ともいえる事実に。
「って、じゃあ……あたしがここにいることをあいつは知らないってのか?」
「アンタが自分を追いかけてると分かってたら、わざわざ『千里眼の亡霊』なんて喧嘩を吹っ掛けるような通り名なんて使わねえだろ。あるいは追われてると知ってても返り討ちに出来るだけの自信があるのか」
 どちらにしても童銘にとっては、あっさりと師匠を死なせるような馬鹿弟子など眼中にないということだ。もしかすると『千里眼』が存命だった当時から内心ではそんな風に射魅のことを嘲笑っていたのかもしれない。自分には決して届かないだろうとずっと下に見ていたのかもしれない。
 この街に来てから何度目なのか分からない沸点を迎えて、射魅の瞳が見開かれる。それが予想通りの反応だとでも言うように、錬金術師は目の前の窓に指鉄砲を向けて。
「だからこそ、アンタがやっこさんに吠え面をかかせるチャンスが出来るんだよ」
「……」
「仇討ちの舞台はもう少し先だ。その舞台を整えたいなら、今自分に出来ることをしっかり果たせ。獲物を確実に仕留めるための仕込みってヤツだよ」

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