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観覧車グラビティ 第九話

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円山と大塔

「……はい」
「先生?」
「日奈田?」声が違うように聞こえるが、女性の声だ。
「先生って、名前何? 何先生?」
「ごめん、言っている意味がよくわからないんだけど」
「あんたの名前を聞いてるんだよ」察しが悪いな、と舌打ちが聞こえる。

 日奈田ではないことは確定した。かといって、可能性の選択肢は無数にある。

「おい、聞いてんのかよ」
「あ、ごめんごめん。今混乱しているんだ。僕の知っている人の話し方と全く違っていたから」
「で、なんか知ってんの?」
「何を?」
「あんた、なんか今回の事件の事、色々と調べてるんだろ?」
「今回の事件?」
「はぁ? マジだるいって。すぐ理解しろって。市長の事件と6年前の事件についてだよ」
「ああ、調べているね」それが僕に出された宿題でもあるから、仕方がない。
「で、どこまで知ってんの?」
「どこまでって?」
「マジでうざいな、お前。一発で分かれって。ここに、このスマホの女おるし……日奈田だっけ。別にこっちはお前が言わないならこいつから聞くだけだから、どっちでもいいんだけど。あんたがどこまで知ってンのか、知りたいだけ」

 わからないからオウム返しで確認していることが、逆にこの女王の気を逆撫でしてしまっているようだ。
 これも、何かのハラスメントになるのだろうか。

「日奈田がそこにいるんだな。どこにいるんだ、あんたは」
「は? あんたとか何様だよ」
「じゃあなんてお呼びすれば?」
「別になんでもいいよ、キモいし」
「『さん』付の方がいいですかね?」
「マジできもいな、おっさん」

 相手の立場に立って相手がどう思うか、という想像力が完全に欠如しているようだった。尊厳を踏み躙ること自体にまったく躊躇がなく、なんの罪悪感もない様子。己の感情に任せて怒っているような生徒とイメージが重なった。幸か不幸か、それに対する免疫はついてしまっているから、こちらは特に感情が揺れ動かない。

 マジ私無理だから代わってよ、という声が聞こえて、次に男性が電話口に出た。
「あ、もしもし。先生ですね? 今、俺たち日奈田さんに話を聞きたくて、でも話してくれなくて困っているんです」
 話が通じそうな男性が電話に出たが、状況を考えると感情が表に出ていないだけ、底知れぬ禍々しさを感じて頭皮に鳥肌が立ちそうだった。

「日奈田は何も知らないんだ。本当に。僕がお願いして、動いてもらっていただけだから」喫茶店のモーニングプレートが頭に浮かぶ。
「ま、それを信じるかどうかは俺たちが決めるんで、とりあえず今からこの場所に来れますか? このメッセージアプリに住所送るんで」
「わかった」
「あ、先生ならわかっていると思いますけど、警察の方が先に来たら、すぐに日奈田、やるんで」
 そう言って、電話が切れた。
 一人では早く行けても、遠くには行けない。この状況はどう考えても、僕の両手では届かない距離にあるような事件に感じる。遠くの場所なのに、一人で早く行かなくてはいけない。そんな時はどうすれば……。

 悩んでいる最中、日奈田のアカウントから僕宛に連絡が入る。住所と画像だけが送られてきた。住所は日奈田自身が監禁されている場所なのだろう。画像の方は、古民家の一室のような空間に、椅子に縛り付けられている女性が見える。照明が薄暗いためよく見えないが、おそらく日奈田なのだろうと思う。うなだれている様子に見えるが、寝ているのか、ただ疲れているだけなのか、画像だけでは判別がつかない。テーブルとソファは見えるが、ベッドや布団は見当たらないため、誰かが生活している場所ではなさそうだ。畳縁たたみべりのようなものも見えるから、和室なのかも知れない。テーブルやソファーがあるからアバウトな確認ではあるが、畳のおよその枚数から、四畳半ほどの広さはあるように思える。
 窓は一つ確認できる。窓に映る景色の暗さは、今僕が確認できる暗さと同じように見えた。窓が濡れているから、おそらく連絡を送ってくるタイミングで撮られたもので間違い無いだろう。

 送られてきた住所をクリックすると、スマホのマップアプリが起動して、住所付近の外観と、その住所にまつわる情報が表示された。
 載っていた情報によると、その場所は古民家を改造したような居酒屋だった。マップに表示されたURLをクリックすると、お店のHPが表示された。

「隠れ家的古民家をフルリフォームした、懐かしくも新しい空間! 畳でゆっくりと足を伸ばして、くつろぎとディープな時間を」というキャッチコピーが目に入る。メニューカラムから「内観」をタッチして、いくつか載っている写真を確認する。先ほど送られてきた個室と同じようなレイアウトの写真が確認できた。
 画面を下の方にスクロールしていくと、営業時間や予算目安、取扱可能なカードの種類などが記載されていて、そこには運営元の会社名があった。その会社名を長押しし、選択範囲を会社名のみに調整してコピー、そのまま検索アプリにペーストして検索すると、「株式会社ヤマトまほろば」のトップページが検索1番目にヒットした。

 おそらく間違いないだろう、先ほどの男は大塔だ。息子の方の。女性の方は知らないが、おそらく関係者で間違いない。
 僕は降り頻る雨の中、小走りで自分の車まで行き、持っていた傘と鞄を後部座席に放り込んで、急いで車を出した。

<続>

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