この時季、いつも考えることがある。イルミネーションだの、クリパだの、カウントダウンだの、そんな世の中がウキウキするこの時季にこそ、孤独を感じている人がいるのではないかと。
孤独は社会の中にある
そりゃ、そうよ。最初から独りだったら、寂しさという概念はないもの(アダムだけだったら、寂しくないのかという話は置いといて)。
会社や学校に行って、人と交流はするけれど、その時間が終わってからも共に時間を過ごせる仲間や友人が少ないケース。こういうケースは、社会的孤独を感じやすいと言われる。
例えば会社で活発な交流があれば、退社して友人がいなければ、余計に孤独感が増す。私も独り暮らしなので痛感する。
おひとりさま、とかそんな風潮があるかもしれないが、それは前向きに捉えているだけで、おそらくみんな寂しいと思う。まあ、寂しい側面ばかりではないから(自由の謳歌)、そんな言葉が生まれるのだと思うけれど。
少し逸れるけれど、悠々自適の退職者も「専業主婦」も、バイトみたいなことをしたいという人は多い。社会に属していたい、ということだそうで。これも孤独にならない裏返しなのかも。
孤独は、他者が解決しない
孤独を解決するのは、あくまでも自分だと思う。なぜなら、感じているのは当の本人なのだから。その感じている「感覚」を解消しない限り、その問題である孤独は解決しない。
例えば、サークルや自治体や福祉法人などが交流できるイベントを開催しても、その中で自らが仲間を見つけて交流を続けていくような努力をしなければ、イベントの終了後は孤独だ。
孤独だと感じている人間が、孤独を感じないように根本の解決=仲間づくりをしない限り、問題解決しない。団体はその支援までしかできない。
孤独を感じないようにするのは不可能
孤独は羨望なので、感じないようにするのはとても疲れると思う。いつも自分は自由だと思っているうちはいい。だけれど、例えばイルミネーションの前で付き合ってそうな二人を見たら、羨ましいから=自分にないものだから孤独を感じる。あんな風にきれいなものの前で楽しくしたいな、と羨ましがったら、そこから無い物ねだりが始まり孤独を感じる。
解決策はないものか
難しいけれど、やっぱり自分の居場所を作るしかないのではないか。バーチャルでも良い。デジタルでも良い。何か自分の居心地の良い空間や場所、仲間がいると、それだけで癒されるし、「無い物ねだり」は始まらない。
癒されている時は、孤独を感じないはずだ。
そんな、何かやどこかを探さなくては行けないと、思っているのです。
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