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合気道の宇宙観を使って物事の中心を考えてみよう:武産合気解説

合気道においては屈指の難解さを誇ると言われる開祖の口述した内容について、できるだけフランクにかつ、現代風に考えてみようという試みますぜ。

今回はフラットな視点について、人類は存在そのものがハラスメントになりつつあるという愉快なツイートを見かけた。

だけどこれはある意味では物事の正しいあり方で、正義とはどちらの側から見るかで変わってしまうということ。

そして一方の側に立つと反対側とは相容れなくなる。つまり、分断が生まれる。

中心とは何か?

合気道の創始者である植芝盛平は『武産合気たけむすあいき』という本で合気道とは宇宙と同じものだと語っている。

それによれば、この宇宙の始まりは◉←こんな感じのポチっとした点からで、すべての根源であるその点から物質と精神という相反するものが生まれて、そこから色んなものがまるで細胞分裂のように倍に倍に分裂して生まれていったのだという。

荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風』より

まぁ要するに複雑な生命体と同じように、複雑な宇宙も分割されていくプロセスを経て今に至っているわけで、むしろこの考え方でいけば生命の方が宇宙の発展を模倣してるのかも知れない。

すべての物事には「はじまり」があって、それがどんどん分裂していってもはや同じモノとは思えないくらい変わってしまっているけれど、元を正せば同じ物から発生している。生き物だってポチからはじまって、だんだんと複雑で多種多様な形になって生まれてくる。

すべては一元に通じる

合気道ではこのはじまりを「一元いちげん」という。
一つの根元という意味で、どちらに偏るでもなく、まずこの中心に立たないと物事をフラットに見ることもできない。

大事なのは分裂していった結果、すべてが別物になったのではなく、もともと同じだったということ

『DNAの旅』っていうしょーもない動画があって、自分の国籍とかに誇りを持ってる人達がDNA鑑定の結果、思いもよらない地方や民族の血が混じっててビックリするという動画だ。

https://youtu.be/gTMlnVx-PzQ

ちょっと考えりゃわかることだけど、人間の祖先はたどっていけば一人にいきつく。

日本人の祖先をたどれば源氏か平家に行きつくし、人類の祖先をたどれば人類発祥の地であるアフリカに行きつく。全人類が同じ場所からスタートして色んな方向に歩いて行った結果、各地域に適応して人種的な差異ができたわけだ。

ヘッケルの系統樹『Wikipedia系統樹』より


宇宙と同じになる

合気道が目指すところはこの宇宙とひとつになること。

合気道の技も相手にかける過程で色んな風に動きが変わるけれど、根本となる部分は変わらない。

要するに根本的な部分があって、そこから派生しているのが宇宙であり、生命であり、人間であり、合気道の技だということだ。

変わり果てた今の姿だけみれば、とても同じものから生まれたとは思えないけれど、もともとは同じものだと考えれば逆に共通点が見えてくる。違いを探せば敵対するけれど、同じを探せば和することができる。

武産合気を読んでいると、そういうことを伝えようとしていたんじゃないかなと思う。

対立は矛盾ではない

そういう風に考えれば対立しているということは、別に矛盾しているわけではない。右とか左とか上とか下とか、違いはあるけれど、それはもともとは中心だったものを分類しているに過ぎない。

むしろ新しいものを産み出すためには相反するものが必要となる

古事記における国産み神産みではイザナギとイザナミの欠けているところと余っているところを埋め合わせることで行われる。これはセックスのメタファーみたいに言われていたりしてるけれど、
単純に余剰を足りていない所に回すことで新たな可能性を産み出せると読むこともできると思う。

相反するもの同士のバランスを整えてやることで技も生まれる。
もともと同じものなのだから、合わないはずがない。それらを組み合わせて産み出すという宇宙の摂理と同じ事を自分に身体でするのが合気道ではないだろうか。

おまけ

最後にこの記事を書くにあたって参考にした『武産合気』に書かれている実際の口述部分を一部だけ引用しておこう。

大神は一つであり、宇宙に満ちみちて生ける無限大の弥栄(ますますの栄え)の姿である。即ち天なく地なく宇宙もなく、大虚空宇宙である。 その大虚空に、ある時ポチ一つ忽然と現わる。このポチこそ宇宙万有の根源なのである。そこで始め、ゆげ、けむり、きりよりも微細なる神明の気を放射して、円形の圏を描き、ポチを包み、始めて◉スの言霊が生まれた。 これが宇宙の最初、霊界の初めであります。 そこで宇内は、自然と呼吸を始めた。神典には、数百億万の昔とあります。 そして常在(すみきり)みきらいつつ、即ち一杯に呼吸しつつ生長してゆく。生長してゆくにしたがって、声が出たのである。言霊が始まったのである。 キリストが「はじめに言葉ありき」といったその言霊が◉スであります。これが言霊の始まりである。このス声は、西洋にはこれに当てはめる字はなく、日本のみにある声である。 これが生長してス ス ス即ち上下左右のス声となり、丸く円形に大きく結ばれていって、呼吸を始めるのである。 ス声が生長して、ス―ウとウ声に変って、ウ声が生れる。絶え間ないスの働きによってウの言霊が生じるのである。 ウは霊魂のもと、物質のもとであります。言霊が二つに分かれて働きかける。みたまは両方をそなえている。一つは上に巡ってア声が生れ、下に大地に降って、オの言霊が生まれるのである。 上にア声、下にオ声と対照で気をむすび、そこに引力が発生する。これにはいろいろの神の名がありますが、後ほどにゆずります。

高橋英雄著『武産合気』p86~87より抜粋


マツリの合気道はワシが育てたって言いたくない?