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合気道で考える真のカイゼンとは何か?

みなさんはリーン生産方式とかトヨタ生産方式って手法をご存知だろうか?おれは昔、自動車の下請け工場でこの手法を学んでた。

トヨタ自動車が開発したいわゆる「カイゼン活動」ってやつで、無駄を最小化して利益を最大化する合理性のカタマリみてぇな手法である。

手法自体はめちゃくちゃ良くできてるんだけど、その良さが労働者には伝わりにくいシステムでもあった。

カイゼンの問題

よく言われる5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)を軸にマニュアル化し、効率化を徹底的にやるのがリーン生産方式で、社員全員を効率の塊にすることによって会社の利益を最大化していく。
当たり前のようだけど、これは組織ではなかなか徹底できない。

効率が良くなると同時に楽もできなくなっていくので、当然ながら担当する人は専門化していき最終的には機械化で人が関わる部分をさらに減らす。

余った人員は別の事業に回せばいいなどと言われているけれど、現実ではだいたい人員整理によって減らされる。
確かに経営判断としては人件費を削るのは間違っちゃいないんだけど、労働者に最高のパフォーマンスを要求するわりに報いられるのはごく少人数という矛盾がおれには釈然としなかった。

板垣恵介『刃牙道』より
カイゼン活動の終わりなき道を身を持って持って示す烈海王

カイゼンのカイゼン

別の仕事に誘われたのでそこはやめてしまったけれど、カイゼンの手法自体は他の仕事でも活きた。
知ってれば自分の業務をある程度は圧縮できる。
そして、業務を圧縮したことを知られなければ楽ができるという寸法だ。

そんな時間的な余裕のおかげで、おれは合気道に出会うことになる。
合気道で楽に人を崩せることがわかって、身体を鍛えて腕力に自信がある人間でも崩せるって体験をしていくと、努力に対する考え方が変わってしまう。

楽に相手を崩せるということは、一見大変そうな仕事であっても、うまいことやれば楽をできるということだ。
これこそが努力すべき方向性だと思うし、そこをこそカイゼンしていくべきなのではなかろうか?

シン・カイゼン

会社の利益と人間の利益ってのは実はけっこう相反してる。
楽して金が入る方が人間的にはオイシイけど、会社の利益を最大化しようとすると怠けてる人間は邪魔になるのだ。

利益を上げるために無駄を省いていくということは、同時に余裕をなくしていくということでもある。
余裕がないと考えも固まってしまう。

逆に利益を目指さずに、仕事という意味ではまったく無駄な時間を産み出すために無駄をなくしていくと、あとはただただ無駄な余裕が生まれていく。
この無駄な余裕こそが、さらに何かを産み出すのに役に立つ。

これこそが合気道によって知ったカイゼンの目指すべき道だ。

カイゼンの極地、武産合気たけむすあいき

合気道の創始者は無限に技が産み出せるような状態『武産合気たけむすあいき』こそが合気道の究極だと言う。
そして同時に、合気道とは「最初から勝っている」というのだ。

この二つは実は矛盾している。
最初から勝っているのなら、無限に技を産み出す必要なんてない。技はひとつで十分なのだ。

じゃあどうして、無限に技が出てくるのか?
それは最初に勝っているからだ。もう勝っているから技を色々やってみせる余裕があるのだ。
会社でも同じで、もうかっている・・・・・・・から新しいビジネスを色々やってみせる余裕が生まれる。

生み出された無駄な余裕から余計なもの「技」が無限に生まれてくる。この無駄を生むための行いが合気道だしカイゼンなんだと思う。

会社のためにカイゼンしてくのは人によっては健全じゃない、自分のためにカイゼンしていくべきだ。


おわり




マツリの合気道はワシが育てたって言いたくない?