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noteはノアの箱舟

旧約聖書のころ、人類を滅ぼすのは怒りっぽい神様だった。人間が堕落していると腹を立てて、自分に従順なノアの家族だけを助けてほかの人類をすべて滅ぼしてしまう。神の怒りというけれど、あまりに乱暴な神様だなと信心深くない私は思う。神様は本当に自分を信じていないとか、堕落しているからと言って怒り出すほど偏狭なのだろうか。

洪水とノアの箱舟をモチーフにした安部公房の短編「洪水」

世界のいたるとこで、労働者や貧しいものたちの液化が始まっていた。特にいちじるしいのは集団的な液化であった。大きな工場で機械の運転が不意に停止し、労働者たちがいっせいに液化して、ひとかたまりの液体になり、小川になって戸の隙間から流れ出したり、壁を這い上って窓から流れ出したりした。

安部公房. 壁(新潮文庫) (p.209). 新潮社. Kindle 版.

その世界では、人間を滅ぼすのは液体化した人間である。労働者や貧しいものたちがどんどん液体化し、世界に洪水を起こす。のんきに箱舟を作って逃げ切ろうしていたノアも液体化した人間に飲み込まれおぼれてしまう。すべての人類は滅び、液化した人間で世界は満たされる。

第二の洪水で人類は絶滅した。だがしかし、すでに静まった水底の町や村の、街角や木陰をのぞきこんでみると、何やらきらめく物質が結晶しはじめているのだった。多分過飽和な液体人間たちの中の目に見えない心臓を中心にして。

安部公房. 壁(新潮文庫) (p.214). 新潮社. Kindle 版.

液化した人間は集団的な意識を持つのだろうか。それとも人類の意識とは全く関係のない意識体を構成するのだろうか。



私たちの住む世界でもすすむ液体化。人間たちがネットワークでつながり、膨大なテキストの海と一体化し、うっかり海辺で足をすべらせた人間をおぼれさせる。賢明な人たちはそんなテキストの海辺から遠く離れて暮らすことを選択する。

でも海は本来豊かなものであるはずだ。大海に乗り出すためにノアが作ったような箱舟が必要なのだろう。

多様な種類の動物たちを包含して罵詈雑言の嵐の中で転覆もせずにゆらゆらと浮遊する箱舟。目的地はよくわからないけれど、嵐がやんだ頃には自分がどこに向かっていたのか分かるのかもしれない。結局なにも分からないかもしれないけれど、私はそれでも別に構わない。


そうして、今日も私は、私の中の動物たちを箱舟に乗せていく。
嵐がやむまで、私はそれを続けたいと思う。

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