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この世界に生きる者たち

北海道は雪が降る少し前の温かい日に雪虫という白い綿毛を付けた虫が空を舞う。それは幻想的な光景でもあり、毎年の恒例行事なので、雪虫が飛ぶのを見ると「そろそろ雪が降るね」と話をするのが北海道民の時節の挨拶になっている。

ところが今年は少々(かなり)おもむきがちがう。この1週間、どこにいてもすさまじい数の雪虫が空を舞っている。本州の方はイメージできないかもしれないけれど、「蚊柱」と言われる状況が局所的ではなく見渡す限りに広がっていると思ってもらえばよい。札幌中心部はもちろん、10kmくらい離れたところも状況は全く同じ。とんでもない数の雪虫が半径数十キロ(以上?)にわたって飛び続けている。今年の猛暑が影響しているようだけれど、これだけの雪虫が飛んでいるのは何十年も札幌に住んでいるけれど初めてだ。推定するに優に数百億匹の雪虫が「我が世の秋」を謳歌している。

こんな風に大発生する雪虫を見るにつけ、人類がどれだけ繁栄しているといっても、たかが知れていると本当に思う。植物や昆虫のほうがずっと戦略的に繁栄している。自分の生きるための環境すら維持できずに破壊して右往左往している程度の知性で自らの繁栄を自ら誇るホモサピエンスの浅ましさを雪虫たちは苦笑しているだろう。

長くなったが本題。

昨日は妻の知り合いが個展を開催しているということでそれを見に行ってきた。見に行ってきたと簡単に書いたけれど、個展会場は日高地方の平取町という場所で、札幌から公共交通機関で行く手段がほぼない。私たちは自動車を持っていないので移動は基本バスか電車となる。前回同じ会場に行った時には行きのバスは予定通りだったのだけれど、帰りのバスを乗り過ごしてしまい、iPhoneの電源を切らすという失態を私が犯したことで近くの市街地まで3時間歩き続け、そこからJRの駅までタクシーで5000円くらい払う羽目になった。

その反省を踏まえて、今回はレンタカーでスイスイ。といけばよいのだけれど私も妻も完全無欠のペーパードライバー。ワイパーの動かし方すら忘れている。ということで今回は高速バスに自転車を積み込んでバスト自転車の旅というちょっとおしゃれな感じで企画してみた。

札幌駅前で自転車を袋詰めにして浦河行きの高速ペガサス号に乗り込む。


袋詰めされた自転車二台。袋詰めするのは私の仕事。結構大変

順調にバスは走るけれど、高速に乗ったあたりで土砂降り。ヤフーニュースを見ると「北日本は天候の急激な変化に注意」とある。もっと早く教えてほしかった。天気予報では午後から少し雨が降るかも、という程度の天気予報だったのだけれど。

今さら戻ることもできないのでそのまま乗り続け予定通りのバス停で降りる。降りた場所も雨は降っていたけれど、それほど強くはないので雨具を着て(準備していたのだ)、自転車を組み立て出発。

平取地方は北海道でも一番のアイヌの大集落があり、有名な二風谷にぶたにも平取町にある。日本で最も多くのアイヌの人たちが住んでいる地域になる。そんな町を雨具を着て自転車で走るアラフィフ夫婦。降ったりやんだりの天気だったけれど、景色は素晴らしく、数万年前から変わることのない山と川に囲まれた平地を自転車で走る。



地面になじむカケス。ギャーギャーを騒がしく鳴いていた
トビのカップル


義経神社 平取町には義経が平泉から落ち延びたという伝説がのこる。


二風谷の入口まで来たのだけれど、時間の都合で今回はここまで。


今回の目的地のアトリエは沙流川を渡った先にある。沙流川はとても大きな川でそれをまたぐ橋もとてもおおきいのだけれど、今回渡った橋はわたり始めてから終わるまで人にも車にも全くすれ違わなかった。私たち以外が発する音も全く聞こえない。この先は人間が行くべき場所ではないと言われているような、そんな橋を越えて先に進む。


雨の沙流川を渡る。誰ともすれ違わず、後ろからも誰も来ない
この橋を歩いて渡る人間など誰もいないことを物語る苔むした歩道
沙流(さる)川。川の色がエメラルドグリーンでとても美しい
橋を越えて目的地まで100mほど登り続ける


森の中のギャラリー
ここまで自転車で一時間半


小学校を利用したギャラリー

妻が個展をしている方と話をしているあいだ、ギャラリーの周りを散歩する。あたり一帯に牧場が広がっている。


どこにでもいる、ずっと寝ているやつ。
つぶらな濡れた瞳で見つめる若駒
まっすぐこちらを見つめる母馬


今の時期の北海道の夜は早く、曇りの日は5時前には真っ暗になる。早めに出発するつもりだったのだけれど少し遅くなってしまった。帰り路に牧場の前を通ると遠くにシカの群れがいた。雌のシカに囲まれて、大きな角をもつ立派な雄シカがこちらを睨んでいる。

彼が本気で私に襲い掛かってくれば私たちなんてひとたまりもないということが理屈ではなく直観として理解できる。彼らには柵も関係なく、簡単に飛び越えることができる。

雄シカが一歩前に出て巨大な白い角をこちらに向けて「キューン」と威嚇するような声で鳴いた後、シカの群れは奥の柵を超えて森の中へ消えていった。

ここはお前たちが来る場所じゃない、そう言われているような気がした。

昆虫も、森も、動物たちも、この世界で悠然と生きている。
人間なんていてもいなくても、
彼らにとっては本当にどうでもよいみたいだ。


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