講義のレポート(太宰について)

桜桃忌直前に提出していた哲学系講義のレポート(約2000字)です。エッセイめいた形が許されていたので、文章が多少くだけています。
稽古と稽古の合間に全力で書き上げたものであり、誤字や表現の重複、言い回しの間違い等見られますが、勢いがあっておもしろかったのでそのまま載せます。

すぐ恥ずかしくなってこの記事は消すと思います。


テーマ:これまでの人生において最も自己の「現実認識を揺さぶった経験」について


 見えている世界はただそのような現象なのではなく、自分は世界に存在していて、他人にもそれは当てはまるということを言葉の上では理解していた。だが、自分の精神ひいては肉体はこの世界にあると実感することはほとんどできていなかった。精神については、他人の思考を借りて生きている感覚があり、肉体についてはどこか離れた位置からコントローラーで自分を操作しているようだと考えていた。まだ、その感覚は消え去ってはいないが、その実感の手触りだけでも得ることができた体験がいくつかある。
 どうやら私には私の精神があるらしいと気づいたのは小学三年生の頃、それまでほとんどの時間を共に過ごしていた親友が転校した時であった。彼女は群を抜いて聡明であり世を知っている人だった。それまで彼女の目を通し、彼女の考えを自分のものとして生きていた私にとっては、その存在がなくなることはほとんど指針を失うことと同義であった。ひとりになってから私は、自分の選択が自分に与える影響を、自分の考えを獲得していった。
 また、どうやら肉体があるらしいと分かったのは高校時代、役者として活動を始めてからだった。虚構の世界に生き、また稽古ではそれを繰り返し精査していく中で、自分の動作で相手の息遣いが変わることを舞台という「世界」に自分は存在していることを意識し自覚するに至った。
 ここからが本題である。最も自己の「現実認識」が揺さぶられたのは、敬愛する作家・太宰治の墓と対峙したときであった。そこには太宰治と、津島修治が存在していた。
 上記のような体験を繰り返しつつ、私は少しずつ自分の実態を掴んでいた。しかし、他者にもそれが当てはまるらしいことまで考えを発展させることは困難であった。私にとって精神は各々の肉体に宿って個別に存在するというよりは、混ざり合いながら漂うようなイメージであったからである。今も少なからずそう考えている。親友との離別をきっかけに、どうやら私には私の精神があるらしいと分かってからも、それはただ世界を漂う精神の一部に「自分」という濃い部分があるらしいと解釈が進んだに過ぎなかった。
 中学二年生ごろ太宰に出会い、その存在に執心した。しばしば彼は麻疹に例えられる。青春時代に一度は罹るが、一定の時期を過ぎれば治るものだと。私も、多くの人がそうであるように例に漏れず太宰に「罹る」ことになった。それも、文学だけではなくその生き方に対して。彼が生きていたのだと、その確かさを辿るために彼の作品を漁った。写真や、書簡、様々な文献と彼自身の作品によって次第に自分の中に「太宰」イメージは作り上げられていった。自分以外の存在に興味を持ち、そこに自分以外の、自分には到底追いつくこともできず揺さぶってくるような他者の精神が「ある」らしいと分かっていった。
 高校時代、東京に来る機会に恵まれ禅林寺へ向かうことに決めた。それは、太宰治というその精神しか知ることができない存在の肉体を、感じたかったからである。しかし、彼の墓石を目にした時受け取ったのは全く違った印象であった。どうやら彼は「太宰治」ではないらしいと気づき始めていた。これは太宰ではなくもっと彼の根本的なもの、「津島修治」であると。太宰自体、その作品中で描かれる弱さは津島によって演じられたものであるとする見方が強い。太宰という存在は津島修治が作り上げた幻想のようなものであったのだ。真剣に対峙しようとしていた太宰という存在はどうやら現実のものではなく、ただ私が見たかった太宰であり、津島が見せたかった太宰でしかなかったのだ。では、これまで私が出会ってきた人たちは、その精神は、本当に彼らのものであったのだろうか?それもただ私が見たかったものであったのではないか?私の一部でしかないのではないか?
 そうして、私が精神だと思っていたものたち…宙に浮く、グラデーションがありつつも混ざり合うものたち…は、あくまで見せかけだけのものなのかもしれないと思い至った。そもそも、他人の精神を推し量ることは困難だったのだ。私が考えていた精神像は出会った人たちそれぞれを解釈し作り上げた自分独自のマップのようなものに過ぎない。また、精神が揺らぎ続けるという私において発生しているこの状態が他者にももし当てはまるのだとしたら、より一層自分ではない人を掴むことは難しくなるだろう。
 太宰に関し言われることとして有名なものが、麻疹の他にもう一つある。「歳を重ねても彼に執着し続ける者は未熟である。」では、津島はどうなのか。
 今週末6月19日は彼の誕生日であり遺体発見日でもある。私はこれからも太宰に…津島修治に罹り続けるだろう。彼がまた手をすり抜けていってしまうことに不安と、期待を抱きながらも。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?