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36 パソコンとアポロと原住民

映画『アポロ13』は私の大好きな映画だ。事故の起こったアポロ13を無事に地球へ帰還させるためにNASAのスタッフとアポロのクルーが死力を尽くす。制御装置が損傷した母船の姿勢を立て直すため、月着陸船(LEM)をジェット噴射させようと言う案が出る。しかしLEMを設計した担当者は、本来の使用方法では無いので責任は取れないと語る。ここでエド・ハリス扮するNASAの主席管制官ジーン・クランツが言う。「何のために作られたかはどうでもいい。私が知りたいのは、何に使えるかだ」
 
今朝、妻にパソコンの操作方法を尋ねられて私はアポロ13号の事を思い出したのだった。妻は自分のしたい事を実現するためのワンタッチのボタンがどこかにあると思っている。だから私は「違うぞ」と伝えた。「知っている事を組み合わせて何とか出来ないか知恵を絞ってごらん」と。「えー、そう言うものなの?」と妻は驚いている。そう言うものなのだ。
 
私はかつてコンピューターのシステムを作る仕事をしていた。システム構築の現場では、ありとあらゆるツールを組み合わせて作業を行なっている。知っているのは各ツールがどのような振る舞いで何を実現出来るかと言うことだけで、それをどう組み合わせるかはこちらの自由である。各ツールの振る舞いを知り尽くしている事と、アルゴリズム- algorithm(手段)を導き出す発想力がエンジニアの優位性になる。
 
フランスの社会人類学者で民族学者のレヴィ=ストロースが「ブリコルール(便利屋)」に例えてそれを語っている。レヴィ=ストロースは研究のためブラジルの奥地で原住民たちと数ヶ月を過ごした。原住民たちが荷物を担いでジャングルを移動する。途中で何かを見つけて袋に入れる。それはコブのついた木の棒かもしれないし、どこかの飛行機が落とした部品かも知れない。肝心なのは、それが何の役に立つのかはその時点ではわかっていないと言う事だ。であるにも関わらず、のちにそれでなければ他に代え難い用途に出会う事になる。「これを拾っておいて良かった」という場面に遭遇するのだ。
 
生活の現場では身の回りのモノや人間関係、経験も含めてすべてが資産である。たまたま出会ったイヌとサルとキジが鬼ヶ島では彼らにしか出来ない働きをしてくれる。必要なのは、自分を取り巻いているモノゴトの性質をよく学んでおく事と、あらゆる知見を積んで発想の源となる感性を磨いておくことだ。

*今週の参考図書
・『野生の思考』クロード・レヴィ=ストロース  1976年/みすず書房

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