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#24 求められることを適切に

かつて「ガラパゴス携帯」略して「ガラケー」という言葉があった。元はマイクロソフト本社でWindows95の開発に携わった中島聡氏による造語である。ワンセグやおサイフケータイなど、日本独自で進化した機能を持つ携帯電話をこう呼んだ。当初は日本の優れたガジェット開発を讃える意味で使われていた言葉であったが、次第に「世界標準ではない」というマイナスの意味を持つようになった。
 
さて、同じ中島聡氏による造語に「床屋の満足」という言葉がある。床屋へ行く。客としては少し崩れた自然な仕上がりにして欲しい。しかし床屋は持てる技術をふんだんに発揮して、いかにも床屋へ行って来ましたという感じにカッチリと仕上げてしまう。自分の店から出て行く客が乱れた髪をしていたのでは床屋としての沽券に関わるのだ。
 
「床屋の満足」という概念は、顧客にサービスを提供する人であれば誰しもが通る道である。顧客ではなく自分を優先してしまう。そんなバカな話があるかと思う人は自分自身を振り返ってみると良い。人から何かを尋ねられた時に、余計な事まで得意気に話して相手の大切な時間を奪ってしまったことはないだろうか。サービスのつもりで必要以上のことをしてしまって時間を浪費し、上司の叱責を食らった事は? 私自身も、学生時代に下宿のおばさんから飾り棚の製作を依頼されて場に似合わぬゴージャスな「作品」を作り上げて呆れられた事がある。また、カー用品店でちょっとした取り付け作業をお願いしたつもりが、作業員が「サービスのつもりで」個人的な技術を発揮してしまい、30〜40分で終わるはずの作業に3時間待たされた事がある。当然その作業員は上司の叱責を食らっていた。
 
なぜこんな話を始めたかと言うと、現在とある企業から依頼された製作物の作成途中で、まだ大枠を構成する段階であるにも関わらず、今はまだ不要なはずの細部にこだわろうとしている自分に気づいたからである。イカンイカンと「床屋の満足」という言葉を何度も唱えた。フリーランスで一人で作業をしていると、ともするとこのような事態に陥りがちである。相手のある事には期日があり、予算も決っている。その中で何をどこまでするのかを決める。決めるという事は、他の可能性を諦めるという事でもある。見切りだ。見切りの出来ない人が「床屋の満足」に陥る。経営用語にある「マーケットイン」「プロダクトアウト」という言葉も「床屋の満足」かそうでないかの一面を表している。
 
「すべきこと」をするのか「したいこと」に気を取られるのか。近江商人の「三方よし」も、自分と相手と社会環境のバランスの内に「すべきこと」を見出すという事である。或いは求められることを適切に出来るのかどうかの境目は、大人と子供の境界線でもある。

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