やっと世界。

2019年9月に姫路縁を立ち上げました。

それまでは別のアパレル事業をやっていて、有難いことに業績は年々右肩上がり。

ただ、2年程前から自分の興味は海外に向いていました。

 
世界に届けることを目的として、 多くの方に見つけてもらえるよう姫路城前の観光地(城下町)という場所にHimejien(姫路縁)をつくったんです。

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元々和柄が好きだった訳ではなく、「海外を狙うならどこが良いんだろ?」から"観光地(城下町)"という場所を決め、「城下町にある服屋ってどんなお店が良いんだろう?」から和風の"世界観"をつくり、「この世界観には、どんな商品が合うかな?」から和テイストの"商品"に決めました。

 
姫路縁に注力する為、昨年、前の事業は完全に畳みました。

好調だった上に何年もやってきた事業です。
畳むことに不安はありました。

が、迷いはなかったです。
マジでやるって決めたので。

 
よくこの話はするのですが、僕は、【好きだから本気になるんじゃなく、本気でやるから好きにる】ってタイプなんです。

入口に"好き"の感情がなくても、時間や労力やお金や、いろんなコストを割けば大概の物事は後から好きになります。

当初に比べ、今は日本文化に対する興味も強くなったし、姫路縁をつくったあの頃より今の方が姫路縁のことが好きです。
 
 
ここからコンセプト的な話になるのですが、姫路縁は3つのテーマ、【ユニフォーム】、【お土産】、【ファッション】を掲げています。

近いモデルでいうとハワイのアロハシャツなんかがそうですね。


もし僕らがハワイに遊びに行ったら、せっかくなら最大限に楽しみたいじゃないですか?

となると、アロハシャツを買って、アロハシャツに着替えて遊んだ方が、より"ハワイに来た感"を得られて「楽しむ力」が強くなると思うんです。

こういった【場所 × モノ=楽しむ力の増加】は、ハワイ以外にもあると思っていて、例えば、ディズニーランドに行ったら耳を付けた方がテンションが上がるし、スポーツ観戦などでも、チームの(選手の)ユニフォームを着て応援した方が熱量とか姿勢って変わると思うんですね。

なので姫路縁では【観光地のユニフォーム】みたいなものをつくりたいなぁ、と思ったんです。

『姫路城に行くならこれ着ていきたいよね。』的なやつ。
 

あと、アロハシャツを着て、ハワイで散々遊んで、その後にそのシャツを見たときに、きっと"ハワイに行ったあの日の思い出"が思い出せると思うんです。

それって機能として【お土産】になってるわけじゃないですか?

よっぽどの「通」や「コレクター」じゃ無い限り、姫路城のキーホルダーって要らないですよね?

でも姫路城前のお土産屋さんには今も姫路城キーホルダーは並んでるし売れてるんです。

これって、誰が買ってるかというと、やっぱりお城に行った人なんですよね。

キーホルダーひとつで楽しかったあの日の思い出を思い出せるわけなので。

そんな感じでハワイを共に過ごしたアロハシャツにもお土産としての機能があるなぁと思ったんです。

 

で、そのアロハシャツってなんか日本で買うよりもちょっとドヤれる感じってあるじゃないですか?

なんか本場で買った本物感というか。

ディズニーランドの耳やスポーツ選手のユニフォームはさすがに難しいかもしれないけど、アロハシャツなら日本の夏場に普通に【ファッション】として使えます。

しかもそれに本物感があれば、着てる方の外面も格好良くなるし、内面的にも気持ちが良い。

 
そういったものを日本の観光地で展開していこうと思って立ち上げたのが姫路縁なんです。

 

2019年に1号店をつくり、姫路でもう1店舗(2号店)を作って、その後2020年には他府県を狙うつもりでした。

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姫路縁のような「〇〇縁」を他の地域でも展開していくイメージだったんです。

 
1号店を出店してすぐに好立地の場所に空きが出たので、速攻で2号店の出店も決めました。

より人通りの多い場所の方がデータが取りやすいし、勝負もしやすいという判断です。


ですが、姫路縁を立ち上げて、その4ヶ月後。

日本にもコロナウイルスがやってきました。

コロナはあっという間に拡大し、2020年4月には緊急事態宣言が発令。

 
奇しくもその月が、姫路縁2号店のオープン月だったんです。

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オープン月にオープンできず、いきなり休業。
空家賃は発生するし、契約日が僅か1日足りなかったことで家賃補助も受けられず。

 
そこから経営状況は一気に傾きました。

結局、昨年の12月に1号店はやむを得ず撤退。
翌月(今年の1月)に2号店の撤退も決めました。

正直悔しいなんてもんじゃなかったです。

姫路縁のコンセプトも場所も全部、観光地に人が居る前提でつくったんです。

人が消えたあの瞬間は、『もう諦めろ。』って言われてるような、そんな気持ちでした。

 

さすがに2カ月連続で全店撤退となった時は、『もうここまでか。』と思って、事業の廃止も一瞬は考えました。


でも、辞める理由(継続できない理由)はお金の問題でしかなかったんです。

やりたい理由に関してはそれ以上にいくつもあります。
 

僕、小学校の時に結構なイジメにあってて、そっから人と接するのがそんなに得意じゃなくて。

ずっと友達と言える友達も居なかったんです。

でも、この歳になって、気付けば自分を応援してくれる仲間もたくさん居て、自分みたいな奴を頼ってくれる後輩も増えていて。
 


そう思うと『こんなところで終わってたまるか。』って思っちゃって。

すぐに気持ちを切り替えました。

 
そして、2号店の撤退を決めた翌月の今年2月にクラウドファウンディングを立ち上げ、その資金で新たに姫路縁をつくり移転しました。

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ご協力頂いた皆様、改めてありがとうございます。


移転は家賃等のランニングコストを抑える意味もありましたが、店内にアトリエスペースを作りたかったんです。

コロナで店が暇になり、時間を持て余してたので、何を思ったのか7ヶ月ほど前から急に絵を描き出してて。

時間があるからその時間を"作品づくり"にあてようと思いました。

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姫路縁は店舗なので、お客さんを待つことしかできません。
オンラインやSNSを強化しても、誰も知らないブランドには目もくれません。
 
それだけじゃ、やっぱり世界に近づくことなんてできてなくて。

 
何かしておかないと前に進んでる気がしなくて、ずっと焦ってました。

創作活動が身を結ぶかは分からないですが、でもそれをしておかないと、何もできないまま時間だけが過ぎちゃってたんです。

先程、お話ししたように、僕はやり切れるところまで持っていければそれを好きになれます。

絵も元々好きだったり描いていたわけではありません。

 
ただ、この7ヶ月の間とにかく描き続けてきて、ようやく好きなことになってきました。

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まだ上手な絵は描けないし、「降りてくる」みたいなものも大して無いから、描いてるときは辛いですけどね(笑)

 
で、ついに。

先日SNSを見て、ドバイのアートフェア出展のお話を頂きました。

切っ掛けを頂いただけで出展費用等はかかります。
が、頂いたお話なので出展の審査等は必要無いそうです。

 
いやぁ、やっとです。

やっと世界戦。

 
けど、まだ出展が決まっただけで、何の結果も残してません。

勝負はここから。


作品の納期が11月なので、それまでに10点ほど作らないといけません。

何年、何十年やってきたアーティストさんと同じ空間に並ぶ訳ですから、緊張も不安もあります。

ですが、1年前の「何もできない状況」から「やるべきことのある状況」に変えれたことは事実です。

 
思いっきりやり切ります。
頑張ります。

いつもありがとうございます。


活動報告や想いや詳細は自分のサロン内でお話しさせて頂いております。

「学び」みたいなものはありませんが、ご無理のない程度に応援して頂けたら嬉しいです。





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