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[2023/01/22] 往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第56信:ガリン新作に何があったのか?(横山裕一)

~『よりどりインドネシア』第134号(2023年1月22日発行)所収~

轟(とどろき)英明 様

新年明けてから三週間経ちますが、本稿の発行予定日の1月22日は春節、中国の旧正月にもあたるので、改めまして、明けましておめでとうございます。2023年も宜しくお願い致します。

インドネシアでは新型コロナウィルスの感染検査の機会が減ったことも含めて、12月には新規感染者も激減し、年末大統領が公共での活動制限を解除しました。このためジャカルタでは中心部や公共交通機関内を除いた生活圏で、マスクを着用する人も半分ぐらいです。まさに新年からはコロナ禍前とほぼ変わらぬ日常が戻って来ています。春節に伴う再流行が起きないことを祈っています。

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そんな2023年最初の映画新作公開日が1月5日でした。轟さんもご存知の通り、インドネシアでは毎週木曜日が新作公開日です。その今年第1弾で公開された作品が、巨匠ガリン・ヌグロホ監督の最新作で、同監督初のホラー作品として話題になった『殺しの愛の詩』(Puisi Cinta yang Membunuh)でした。ガリン・ヌグロホ監督は『枕の上の葉』(Daun di atas Bantal /1998年作品)などで日本を含め国際的に有名な監督です。監督自身「ホラー映画の新たな分野を目指した」と話す新作は、昨年11月のジョグジャカルタで開かれたアジア映画祭でも先行上映されていて、話題、評判ともに高いものでした。

ところが、です。新作『殺しの愛の詩』の首都ジャカルタでの上映は、全国規模の映画館シネマ21で開始当初こそ通常の新作上映のように、20館以上の劇場で上映されたものの、わずか木曜、金曜の2日間のみ。上映最初の週末にはたった3館のみでの公開に減ってしまいました。さらに週明け火曜日には1館だけ。地方をみても、各都市で1館ずつ公開されていましたが、水曜日にはメダンとスラバヤ、タラカン(北カリマンタン州)のみの上映に減っています。そして、『殺しの愛の詩』はわずか一週間で上映打ち切りとなり、1月12日木曜日には全国の上映ラインナップから姿を消してしまいました。

もう一つの大手映画館、CGVシネマズもジャカルタでは5館で上映されていましたが一週間で打ち切り、本稿を書いている上映2週目にあたる13日には、パレンバンとブカシ、ジョグジャカルタの3ヵ所のみでの上映です。

映画『殺しの愛の詩』劇場用ポスター

ガリン監督の新作に何があったのか?インドネシアを代表する国際的映画監督の新作、初のホラー作品、そして事前報道による前評判の高さという状況とは裏腹に、極端な上映規模の早期縮小、そして短期間の上映打ち切りには疑問を感じざるを得ません。上映劇場のシネマ21の広報部に問い合わせたところ、一般的な表現ではありますが、丁寧な回答が来ました。回答の要点は以下の通りです。

「ある映画作品が観客の興味を惹かないだろうとの予測は、上映初日に“突然起きる”こともあり得ます。(一方、)観客が興味を引く作品に対しては、我々は躊躇なく上映スクリーン数を倍に増やすこともあります。最終的には観客の熱狂度合いが上映期間(上映スクリーン数)を決める鍵となります」

ショービジネスを担う企業としては当然の判断基準といえますが、ウィークデーの初日で方向性を大きく判断する場合もあることは今回初めて知りました。たしかに、観客動員数によって一週間での公開打ち切りは以前ほどではないもののよくあることです。私が『殺しの愛の詩』を劇場で鑑賞したのは公開2日目の夕方で、驚いたことに、観客は私一人だったことも事実です。つまり、「観客の熱狂度合い」の判断の前では、ガリン・ヌグロホ作品であろうと例外ではないとのことのようです。

しかし、私個人としては、これまで観たインドネシアホラー作品の中では一番面白かった作品です。今回のような短期間上映では国際的にも認められている監督の新作を観たくても見逃してしまったファンは少なからずいたはずで、せめて鑑賞の機会をもう少し維持して欲しかった、というのが正直な感想です。インドネシア映画協会によると、全国ほとんどの映画館で公開が打ち切られた1月12日現在、『殺しの愛の詩』の観客動員数は、5万1,068人でした。

筆者一人だけの鑑賞だった劇場(南ジャカルタ)

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ではなぜ、事前報道で評判が良かったにも関わらず、観客の足が向かなかったのか?以下は作品内容を踏まえながら考えてみたいと思います。ただし、この作品は今後も国際映画祭や動画配信など何かの機会にご覧になる可能性が高いとも予想される上、事前にわかっていると面白さが激減することも予想されるので、必要以上に物語の細部には触れないようにしたいと思います。

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