[2024/03/08] ラサ・サヤン(51)~システム改革の秘訣~(石川礼子)
~『よりどりインドネシア』第161号(2024年3月8日発行)所収~
大きな失望
大統領選挙の結果がまだクィックカウントの状況ではありますが、ほぼ確定されたと言っても過言ではないでしょう。
私自身は、今回の結果に非常に落胆しています。選挙権も無いのに偉そうな発言ではありますが、いくら現大統領の息子が副大統領候補になったからといって(それも巧妙なやり方で)、大統領候補討論会の、あのロジックの無さや冷静さを欠く態度を目にして、なぜ国民の多くがあの人を自分たちの将来を託す国の長として選ぶのか、非常に疑問です。そして、現大統領の息子が副大統領候補になるまでは、私の『推し』ガンジャル氏が民間調査会社の調査で大統領候補のトップを走っていたのに、いつの間に最下位になってしまったのか。ビジネスマンの端くれでもある主人は、「ガンジャル氏のパートナーであるマフド氏が『信用ならない』と、世のビジネスマンたちは思っているようだ」というのですが、本当にそうなのでしょうか。
それよりも何よりも、今後のインドネシアがどうなっていくのか。それが一番の懸念です。特に、インドネシア人と結婚し、98年の暴動を大変な思いで経験した私のような在留外国人(インドネシア国籍に帰化している友達も含めて)にとって、今後ずっと、おそらく死ぬまで住み続けるこのインドネシアが、あの新大統領の下、どのように変わっていくのか、私たちにどのような影響があるのか、インドネシアは正しい民主主義の方向に向かうのか、はたまたスハルト政権のような独裁政権に戻るのではないのかなど、非常に気になる噂も聞きます。
学生や市民団体による大規模デモが連日のように行われていますが、今の風潮を見るに、政府はそのようなデモに一切、耳を貸さない状況です。
あれほど尊敬し、自慢に思っていた現大統領に対して、この数ヵ月間で抱くことになってしまった、やるせない『失望』の持って行き場がなく、フォローしていた大統領のインスタグラムのフォローをやめる程度の抵抗しか私にはできません。
そんなとき、The Jakarta Postに興味深い記事を見つけました。
筆者について
この記事を書いたのは、Andhyta F. Utami(通称Afutami、以下アフタミ)という、チアンジュール出身の32歳の女性です。アフタミは、高校生のときにインドネシア代表として、米国で開催された高校生の国際科学コンテストで銅メダルを獲得、インドネシア大学で国際関係学を専攻。卒業後は、米ハーバード大学院で公共政策の修士号を取得した才女です。そのときに発表した『インドネシアの村落基金の実施』に関する論文が最優秀論文としてノミネートされたことで、インドネシア財務省から全額教育奨学金を授与されています。
大学院卒業後、2018年から2023年まで世界銀行ジャカルタ事務所に環境経済学者として勤務し、持続可能性と気候目標問題に関する分析を担当、インドネシア政府に対してアドバイスを提供していました。アフタミは、当時から世界資源研究所(WRI)と共に森林とエネルギー問題改善の重要性を訴え続けています。
世界銀行を退職後は、「Think Policy & Environmental Economists」という『より良い政策を立案するための分析的考え方を促進する』ための、若い専門家たちのネットワークを立ち上げました。また、教育文化省の優先課題担当上級専門官をも兼業しています。
さらに、アフタミは2024年2月の総選挙に向けて、2023 年初めに「賢い選択」を意味する https://www.bijakmemilih.id/en/ のウェブサイトを開設しました。今回の選挙の投票者のうち、52%に当たる1億700万人が若者とされています。そのため、bijakmemilih.id は、若者に向けた各大統領・副大統領候補者と政党のプロフィールと過去の業績が客観的な視点で記載されており、「気候危機と環境破壊、汚職と公民権、経済と雇用、平等と社会的包摂、教育と健康」などの重要課題について、各候補者・党の状況や立場に焦点を当てています。各政党のプロフィールには、それぞれの党が抱える国会議員数、2019年の選挙結果による党資金、汚職の実績、議員候補者の性別と年齢層など貴重な情報が一目で分かるようになっています。
バスキ・チャハヤ・プルナマ(通称アホック)は、選挙の12日前にプルタミナ社の首席監査役を辞任し、ガンジャル=マフムドのペア支援に専念すると宣言、再びメディアに姿を現すようになりました。アホックが政治界に戻ってきたことを喜ぶアホック・ファンの若者が『Ahok Bicara soal Pilpres 2024 pada Acara Talkshow "Ahok is Back"』という、選挙を念頭にアホックと若者たちとの対話集会が開かれ、その様子がYoutubeにアップロードされました。
その集会でアフタミは、プルタミナ社での経験からアホックに対して環境問題に関する質問をしました。その姿を見て、私がアフタミに興味を持った二日後に、The Jakarta Post紙で彼女の寄稿文を目にしました。
**********
システム改革の秘訣
(2024年2月10日付The Jakarta Post: Choices & Changes欄の“A recipe for system change”より抜粋、一部意訳あり)
「なぜ善良な人でも、政治の世界に入ると悪人になってしまうのでしょうか?」 数ヵ月前、民主主義と言論の自由に関するパネルディスカッションで私にこう質問した人がいた。「彼らは初めから悪人だったのだろうか、それとも政治のシステムというものが彼らを悪い人間にしてしまうのだろうか?」
前者であると信じている多くの人を、私は責めることはできない。権力を握ることで、その人が元々どんな人間であったかが明らかになると考えるのは、極めて合理的である。目的達成のために有益なものを持っていない、あるいは道徳的境界線を元来、固持している場合には、人は不正を行うことはしない。この前提により、人々は正しい、または理想的だと思っていた人を信頼したことに対して裏切られた、あるいは騙されたと感じることになる。
この質問は、ハーバード・ケネディ・スクールの適応的リーダーシップに関するロナルド・ハイフェッツ氏による授業を私に思い出させた。「あなたがシステムの枠の外にいる場合、あなたの(非公式の)権威は、特定の有権者集団に仕えることで構築した信頼から生まれる」。たとえば、気候変動活動家としてのあなたの影響力は、問題に対する正しい理解と言行の一貫性によってもたらされる。「しかしながら、ひとたびあなたが公式の権威を得ると、その有権者たちは鞍替えしたり、あるいは拡大することがしばしば起こる」、言い換えれば、あなたが選挙で選ばれた政治家になると、政党や選挙資金の提供者、その他に対して異なる責任を負うことになるのだ。
今や、あなたの政治的計算は完全に異なったように見えるのである。
それは、新鮮な印象の人物に希望を抱いたのに、それほど長くないうちに彼らが『彼の前にいた人々と同じ』であることが判明して幻滅するという悪循環が起こる。だからこそ、正しいリーダーを信じるだけでは不十分なのである。私たちはシステムがこれら個人を成長させ、最善の意思決定を行えるように、適切な政治的、経済的、社会的な動機付けを提供していく必要がある。
2024 年の選挙を通じて、正しい環境を確実に構築しながら、正しい人物を支援することに公平な注意を払う義務は、情報を十分に備えた批判的な有権者集団である私たちにある。ここに幾つかの提案を示したい。
先ず、課題を見失わないこと。
経済(ひいては環境)政策から人権や汚職に至るまで、私たちが注意深く監視していることで、彼らが間違った政策で逃れられないことを権力者に理解させる必要がある。私たちは今までに、法案が適切な監視と関与なしに数週間の間に法律として成立してしまう例を見てきた。それは、重大な欠陥のあるプロセスの結果でもあるが、ほとんどの国民が十分に注意を払っていないことも原因なのだ。
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?