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人生そんなもんだよ~「水は海に向かって流れる」ブックレビュー~

別冊少年マガジンにて2018年9月~2020年8月に連載されたマンガで、単行本は全3巻。「このマンガがすごい!2020オトコ編 第5位」「マンガ大賞2020 第5位」「このマンガがすごい!2021オトコ編 第4位」などにランクインした話題作。

著者の田島列島は、実写映画化された「子供はわかってあげない」でも有名だ(こちらも、とても好きなマンガなので、そのうちレビューを書いてみたい)。

舞台はシェアハウス・・・と書くと、オシャレすぎるかもしれない。木造2階建ての一軒家で、2階の各部屋に大学教授、会社員を辞めた30代マンガ家、女装の占い師、26歳OL(榊さん)が暮らしている。

ここに、マンガ家の甥で高校1年生の直達が引っ越してくるのだが、直達の父と、榊さんの母は、10年前に不倫をしていたのだ。この事実は、同居直後にお互いが別々に知ることになる。

誰が、何が悪いのか、自分はどうしたら良いのか。同居人や直達の同級生も巻き込んで、静かに、ゆっくりと、モヤモヤを抱えた共同生活が始まる。そして、少しずつ人生が流れていく。

榊さんのお父さん。その友人である、大学教授(同居人)。
直達の父と母。母の弟である、マンガ家(同居人)。
直達のクラスメイトの女の子。その兄である、女装占い師(同居人)。
そして、榊さんの母親。

とても個性豊かな登場人物であるが、世の中、蓋を開けたらこんなものではないかと思う。街を歩いていれば、たくさんの”普通そうな人”とすれ違うが、その全員が大小個性を持っているし、実はとんでもない経歴を持っているかもしれないし、モヤモヤを抱えているのだろう。

見た目はいたって普通で、優しそうな直達の父は、10年前に不倫をしているのだ。

善良な市民面して
何事もなかったかのようにマイホームパパやって
人間ておそろしいじゃ・・・

「誰しもが何かを抱えて生きているよ」とか「人は見た目によらないよ」とか。はたまた「過去のしがらみに囚われないで、一歩踏み出してみよう」とか。そんなことが作品の”表層からは”読み取れる。

榊さんの時間は10年止まっていたわけだが、偶然にも直達が現れたことにより、”流れ出した”のだ。

まだ雑音は聴こえていて
一生消えないのかもしれないけど

右手に雑音
左手に約束

もうどこへも行けないような気分は

おしまい

ただ、この作品で書かれているのは、そんなありきたりで、自己啓発のようなメッセージだけではないように思う。

人生はコントロールできない。環境や偶然が根底にあり、相互作用によって流れていくということだ。

直達の叔父と、榊さんが同居人であったことがまず偶然だ。そこに直達が引っ越してくるのもまた偶然。これがないと、この物語は生まれてこないし、まったく別の物語が生まれていたかもしれない。

直達の父と、榊さんの母が出会ったことも偶然。「出会う」という環境がなければ、そもそも物語は始まらない。また、片方だけではない、それぞれの作用が生んだ物語である。

そして、榊さんと直達、同居人や同級生たちの、それぞれの動きによって、人生が流れていく。

人生は、自分の内面だけで流れているわけではない。

景色は変わりはじめて
ようやく気付く

この物語以降の榊さんと直達が、幸せになってくれたらいいなと思う。ただ、きっとたくさんの困難が待ち受けている。

確信を持って正しいと思ったことも、環境の変化や何かの作用によって、簡単にひっくり返ってしまうかもしれない。

俺はたぶん
何かがどうにかなるとでも思ってたんだろう

でも
どうにかなるんだったら
もうすでに解決しているはずなんだった

こんなことばかりで
皆どーやって生きてくんだろう

抗えない偶然のなかで、たくさんの困難を抱えながら、作用し合いながら、必死に生きていく。榊さんも、直達も、きっとそうやって生きていく。

ここまで書いてしまうと、救いがないように思えてしまうが、時には「人生そんなもんだよ」と開いてみることも大切かもしれない。

「水は海に向かって流れる」のだ。

(中締め)

ロックバンド:ネクライトーキーの「波のある生活」という曲、とても好きなのですが、このマンガにとても合っている気がしています。もし良かったら、マンガと共に聞いてみてください。

以降、作品のピークとなるネタバレがあります。マンガを読んでいない方は、先にマンガを読んでいただくことをおすすめします。ネタバレしてしまうと、このシーンの感動が薄れてしまうと思います。とてつもなくもったいないです。全3巻ですので、ぜひ。

めっちゃPRしてますが、このnoteによって、僕がなにかを得るわけではありません。笑

榊さんの10年間止まっていた時間は非常に重く、直達ふくむ多くの登場人物の、幾度の働きかけでも動かない。

直達の好意にも気づき、自分の気持ちに気づきつつも、表ではクールな榊さん。心の中では様々な葛藤を抱え、恐くて一歩を踏み出せない。ついには引っ越してしまう。

そんな状態で1年が経過。

榊さんの部屋にきた直達が、ベランダで外を見ていたとき。

ラスト3ページ。

ページをめくると、榊さんが後ろから抱きつき、一言。

「最高の 人生にしようぜ」

5コマかけて、ふたりの表情の変化を描く見開き。

この3ページのために全3巻があると思えるくらい、最高な流れ、表情の移り変わり、セリフで、心が一気に持っていかれる。

個人的には、マンガを、初見でページをめくったときの圧倒的な感動が大好きです。これは、ネタバレをしていたりとか、電子書籍とか、文章などでは味わえないものだと思っていますし、こうして得た感動は、いつまでも色あせないと思います。ネタバレをしていると、この感動を永遠に失うのと同じだと思っています

だから、紙のマンガが大好きです。

最後に少し脱線してしまいました。笑

(2022.02.18)


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