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Water Calling -イザベル・ダエロンさんのゲストレクチャー-

2024年5月27日、公共空間の環境とそこでの課題をテーマに活動するフランスの都市・空間・リサーチデザイナー、イザベル・ダエロン(Isabelle Daëron)さんのゲストレクチャーを開催しました。

イザベルさんのリサーチとデザインの特徴は、随所にカラフルなドローイングを用いることですが、プロジェクトのフェーズごとにドローイングがどのような役割を持っているかがよく分かるレクチャーとなりました。

イザベルさんのドローイングは、しかしそれ自体が作品というものではなく、自然科学的・人文科学的情報を、文字をあまり使わずに伝達する道具として用いているのだそうです。
それはプロジェクトの最初にクライアントへ、進行中にチームへ、完成後は社会に伝える道具なのだそうです。
 
また、イザベルさんは、科学的知識がない時代に、ひとがどのようにして自然についての情報を共有していたのか、ということをある種のデザインと考え、それが現在まで伝えられているものとしての神話や物語にも注目しています。
自然科学的なリサーチをすればするほど、神話のような共有可能な物語の重要性も浮き上がってきたという話は興味深いものでした。

イザベルさんの大型のドローイングは「リサーチウォール」と名付けられています。これは学生のときに思いついた手法だそうで、紙を左から右につないで、イラストや切り抜きなどさまざまなサブジェクトをそこに追加し、拡張されていくドローイングです。
水循環や植生、地質や地形などの自然科学的情報、何らかのテキストの一部、絵画や本の挿絵のコピーの切り抜き、神話などが同じ平面上に並べられていきます。

リサーチウオールの一例。
出典:https://isabelledaeron.com/L-eau-l-air-la-lumiere

あらかじめ出口に目的を定めるのではなく、あらゆるインプットをまず同じ場所に掲げていくことで、繰り返し顕れるものごとなど現象のリンクをみていくそうです。
 
その後、プロジェクトのプレゼンテーションに用いられる、インテンショナル・ドローイングというものが制作されます。
そのドローイングは、各種のイシューを統合し、かつ、場のものごとの流れや循環がわかるようなものとして制作されます。
 
イザベルさんの主な関心は、場所と自然と人の間に差し込むデバイスを設計することにあるそうです。
イザベルさんから紹介された、フランスでの二つのプロジェクトは興味深いものでした。
 
一つは、パリのセーヌ川の水利用に関わるもの。
凱旋門に集まる12本の直線道路を整備するなど、19世紀後期にパリの大改造を行ったジョルジュ・オスマンは、この改造で「都市の肺」として整備された郊外の森や複数の都市公園のために、飲用には適さないが植物への水やりや掃除用水などとして用いられるセーヌ川からの上水供給網を整備しました。
この上水網はいまも存在しますが、老朽化が進んでおり、また、あまり知られていません。
イザベルさんはこの過去の都市インフラに注目し、“場所と自然と人の間に差し込む”3つの「デバイス」を提案しました。
それは、容器の下から水を吸い上げる水風船のような形のじょうろ、アパルトマンの共同ゴミ捨て場を掃除するための小さい給水所、最近は過去に比べて2.5度もの気温上昇がみられるというパリのヒートアイランド現象を緩和するための路面冷却装置です。

オスマン時代に整備されたセーヌ川の上水供給装置と
パリのヒートアイランド現象について話すイザベルさん。

水風船のような形のじょうろは、昔修道院で使われていた焼き物のじょうろにヒントを得たもの。共同ゴミ捨て場近くの給水所は、パリのアパルトマンの管理人がもつオースマンの給水網へのアクセス権を掘り起こし、実際に使えるようにするもの。路面冷却装置は、日本の金沢で見た融雪システムなども参考に、逆に水の蒸発によって路面温度を下げるもの。
このように、過去からあったインフラや制度、道具などに接続しながら、“場所と自然と人の間”に介在する小規模な装置をつくろうとするイザベルさんの活動は、共感を覚えるものでした。
また、面白かったデザイン上の工夫は、これら3つのデバイスはいずれも水を下方から供給するデザインだという点です。わたしたちは、上水道は蛇口をひねると上から水が流れ出してくることに慣れています。水が上から供給されるデザインだと、その水は飲用可能だと間違えやすいといいます。そこで、セーヌ川の水をフィルタリングしただけの水が流れるこの給水システムからは、いずれも下から取水するデバイスにしたのだそうです。
 
 
もうひとつ紹介されたフランス北部のノルマンディーのプロジェクトは、神話=デザインと水という意味から興味深いものでした。
この地域には元々ヨーロッパ大陸に広く住んでいたケルト人たちの神話が残っています。ケルトの神話では、アザーワールド(異界)に智積をもつサーモンがいると考えられているそうです。サーモンがそのような神話的存在とされたのは、真水と海水という異なる水域を行き来できる生き物であることも関係しているそう。そして、人が異界に接する物語には、川を渡る、海の中にさらわれる、泉に近づくなど、大いに水が関係しているのだそうです。
ここでイザベルさんは、土地の技術に詳しい人、美術史家、地域住民などとプロジェクトを進めました。
できあがったのは、異界のサーモンのリーダーであるトンボロと触れ合うためのサウンドトレイル、ねじれを持った神話的な形で、海のどの深さにどんな生き物がいるかというイラストが描き込まれた杖、カモメの視界を追体験できる眼鏡、波の満ち引きがわかる時計、ケルト神話における知識の泉に着想した装置、などでした。これらは2025夏までのインスタレーションとして体験できるそうです。

海から川に向かうサーモンと、川から海に向かうサーモンの木彫りが神話をたどる
トレイルの入り口。木彫りはノルマンディーの木工作家によるもの。  

イザベルさんは昨年(2023年)、キュレーターの永井佳子さんをパートナーに、京都の水をめぐる「Water Calling」というリサーチを行い、その結果を、展示と、絵本のような親しみやすい本にまとめました。その時のリサーチには、琵琶湖疏水と南禅寺界隈の庭園との関係などにも詳しい奈良文化財研究所景観研究室の惠谷浩子さんが協力されています。

2023年のリサーチの様子について話すキュレーターの永井佳子さん。 

社会の中でそれぞれの役割をもっている人たちとの協同と表現を追求しているイザベルさん。今回の滞在中には、秋に京都で開催予定の展示に向けてリサーチをされるそうです。形をつくって示すことで、情報と共感が芋づる式に小さく伝播していく可能性。いまからその展示が楽しみです。

写真:関口達也先生
イザベルさんとのランチ会を、京都府立大学の学食「たまご」にて。

それでは、また。

〔写真・文〕松田法子研究室



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