かいじゅうのダンス

 

 朔太は小学校の入学式にオオカミの着ぐるみを着て参加した。 
 白い全身にふさふさした長い尻尾、先の尖った三角耳(どう見ても猫耳にしか見えない)のついたフードには小さな金色の冠がちょこんと乗っている。『かいじゅうたちのいるところ』という絵本の男の子が着ているオオカミの着ぐるみらしく、エリカ先生いわく「サクくんにそっくり」らしい。 

 エリカ先生は日本人の女医で、アメリカでの朔太のかかりつけ医だ。黒髪に大きな目に細身のスタイル。何か見覚えがあると思ったら、思い出した。クレヨンしんちゃんに出てくる菜々子お姉さんだ。

 朔太の年上女性好きは三歳くらいから始まり、四歳の夏に夫の海外赴任でミシガンに越してきてからさらに拍車がかかった。おそらく見慣れない外国人女性の中に(男性は視界にすら入っていないらしい)日本人女性を見つけると、急激に親しみを覚えるのだろう。

 普段は人見知りなくせに、若くて美人でスタイルのいい日本人女性を見かけると、しんちゃん並みの素早さで近づいていって声をかける。

 とにかく頑なにエリカ先生がプレゼントしてくれた着ぐるみじゃないと入学式に出ないと言い張るので、私も夫も根負けして、もうそれでいいよということになった。

 はたしてそれでいいのか。ハロウィンには一ヶ月早いぞ。まわりが黒やグレーのスーツが多いなか、一人だけ真っ白の、それも着ぐるみ姿はさすがに目立つ。目立ちすぎだ。 ヒヤヒヤしながら見守る私と夫などお構いなく、朔太は堂々と赤い絨毯の上を歩いた。その姿はちょっとカッコよかった。

 一年前、アメリカに来たばかりの頃、幼稚園に入る前に受けたカウンセリングの結果、朔太は自閉症だと診断された。 日本にいたときから気分の上がり下がりが激しく癇癪持ちで、機嫌が悪いときはめちゃくちゃ周囲に当たり散らすことがよくあった。それで通院するようになったのだが、毎回ふてくされて頑なに口を開こうとしない。それが、担当医がおじさん先生から若い女医のエリカ先生に変わった途端、目の色が変わった。
 朔太はエリカ先生の言うことだけは素直に聞くようになり、彼女の笑顔は精神安定剤よりもはるかに効果抜群だった。おかげで癇癪を起こすことも減り、いまではほとんど薬もいらないくらいだ。エリカ先生様々である。 

 着ぐるみ姿の朔太が校門の前でピースしている写真をエリカ先生に送ると「カッコいい!」とハートつきの返事。それを見た朔太は「フウ!」と叫んで浮かれていた。 

 夕方から夫の同僚家族と入学祝いのパーティーだ。料理はサラダとパスタを用意したくらいで、ほとんどデリバリーですました。こういうとき、日本だと手抜きだと思われたくなくて、朝から張り切って準備をしていた。でもアメリカは、なんというかラフだ。パーティーが日常に近いからかもしれない。

 夫の同僚なので全員日本人なのだが、アメリカに住んでいるうちにみんないつの間にかどことなくアメリカ人っぽくなっていく。パーティー好きになりやたらとテンションが高くハイタッチとかしたりしたりする。日本では絶対やらなかった。食の好みまでピザやミートパイと、いつの間にかアメリカ好みになっているから不思議だ。 子供たちは服が汚れるのも構わずピザにかぶりついている。

 母からラインで電話がかかってきて席を立った。テレビ電話に切り替える。

「入学おめでとう。朔太は?」 

「いま友達とかいじゅうダンスしてる」

「楽しそうね」

 朔太が入学式に着ぐるみを来て行くと言ってきかず大変だったよと苦笑まじりに話した。

「あの年上好きには困っちゃう。まったく誰に似たんだか」

「そりゃあんたでしょう」

 と母が即答。

「あんたも幼稚園の頃から、あの先生がイケメンだの手紙書くだのってうるさかったじゃないの」 

 と呆れながら言われた。 

 そうだっけ。そうだった気もする。血は争えないとはこのことだ。
 でもエリカ先生、彼氏いるんだよねえ。ま、しばらくは黙っててやるか。

 音楽をかけ、父親も母親たちもテラスに出てお酒を飲んで笑いあう。子供たちはくるくるとダンスを踊る。こうして入学式の夜はふけてゆく。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?