検収概念の整理

わたしたち製造業のバイヤは、購入した物品を受領することと、その物品が受入検査に合格することを区別して考えます。この検査合格のことを検収といいます。サプライヤとバイヤの間の売買契約では、物品の所有権や危険負担は、受領時点ではサプライヤに留保され、検収時点でバイヤに移転する定めとなっていることが通例です。この場合、法的にバイヤの代金支払債務が発生し、会計的にバイヤが買掛計上するのは、いずれも検収時点です。バイヤが、所有権と危険負担の移転を受領時点ではなく検収時点にしたがる大きな理由は、受入検査に合格していない物品は、使用できない不良品である可能性があるためです。バイヤは、そのような不良品に対して代金を払いたくありませんし、不良品をサプライヤに返品したり、サプライヤに良品のみを選別してもらうにも、所有権がサプライヤに留保されていた方が何かと便利です。また、受入検査で物品に不良が見つかった場合、その不良はサプライヤと第三者(たとえば運送業者)の何れに責任があるのかが問題となりますが、検査合格前の危険をサプライヤに負担させれば、受入検査で見つかった不良品は全てサプライヤに返品できるので、効率的です。

このようにバイヤにとって重要な検収という概念ですが、日本の民法、商法や下請法を改めて読み直してみると、検収よりも受領の方が大切であることに気づかされます。民法では、受領の前後で、バイヤがサプライヤに債務不履行を問うのか、契約不適合を問うのかが異なっていますし、消滅時効の起点も多くは引き渡し=受領です。商法では、受入検査(とその後の通知)がサプライヤに対する追完請求、代金減額請求、損害賠償請求および契約解除の要件となっているものの、検査によって直ちに発見することのできない契約不適合に関してサプライヤの責任を問えるのは受領から6か月以内です。下請法も、受入検査は不良品を返品するための要件ですが、支払は給付受領から60日以内に行わなければなりません。以上から、検収という概念は、法律よりも、サプライヤとバイヤの間の契約や商習慣・取引慣行によって支えられてきたと言えそうです。

このような検収概念の影の薄さは、コモン・ロー(英米法体系)では猶更です。コモン・ローに基づく商取引では、通例、インヴォイス(請求書)は出荷と同時に発行され、支払期日算定の起点もインヴォイス発行日です。筆者自身の経験でも、コモン・ローに基づく売買契約で、日本の検収の規定を交渉したことがありますが、サプライヤにとって、出荷や受領=引き渡しがいつ発生したかは明瞭であるのに対して、バイヤによる検査合格がいつ発生したかは自明でないこと、その不明瞭な検査合格を起点に支払期日を算定すると支払が不合理に引き延ばされる恐れがあることを理由に、なかなか呑んでくれないサプライヤが多いです。

さて、そんな検収概念ですが、最近、コモン・ローに基づく売買契約を、日本法に基づき書き換える際、日本の契約実務や商習慣・取引慣行に従って検収の規定を設けるべきか、それともコモン・ローに基づく原契約通りに受領を重視すべきか、考え込んでしまいました。日本のバイヤにとって有利なのは前者ですが、この契約が海外のバイヤによって使用される可能性も高いこと、また、不良品の返品や支払いについて、検収制度の美点と同等の機能を果たす定めが別にあったことから、後者を採用することにしました。

日本の同僚バイヤやサプライヤが、この契約書にどのように反応するか、ハラハラドキドキです。

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