ガソリンスタンドにて

　いつも行くガソリンスタンドは、通っているヨガスタジオから近く、洗車機もあるから便利だ。そこの裏には、ラブホテルがある。ラブホテルの駐車場は、ガソリンスタンド側にあって、屋根も囲いもない。だから、勝手にハラハラする。もうちょっと見えない配置に設計できなかったのだろうか。ラブホテルより後にガソリンスタンドができて、こんなことになったのかもしれない。

　今日、ガソリンスタンドに行くと、その駐車場で20代後半から30代くらいの感じのいい男女が立ち話をしていた。２人ともスマホを手に持って、操作しつつ話をしている。
　飾り気はないけど、おしゃれで素直そうな２人。ラブホテルの駐車場の真ん中にいる無防備な２人に目を奪われる。人目を憚らず、警戒してるようにも、恥ずかしそうにもみえない。その様子には、好感すら感じる。

どんな2人なんだろう。妄想は膨らんだ。

その１
留学費用を稼ぐため働く専門学校生の女子と、自分の店を持とうと決めてダブルワークしている男子。夢のため時給のいい所を探したら、ラブホテルのアルバイト募集を見つけた。共通点を持つ２人が意気投合し、心を開くようになった。アルバイトを終え、LINE ID を交換したいけど、オーナーや他のアルバイトにみつかるのは面倒。詮索好きのオーナーのカモになるのは避けたい。ホテルを出たら、女子はいつもと違う方向から帰ろうとした。男子は慌てていたけど、なるべく落ち着いて声をかけた。拍子抜けするほど、すんなりID交換ができた。スマホだけでなく、顔も近づけて話せた。
　その後２人はデートを重ねたが、一緒になることはなかった。彼の死の６年後に彼女も亡くなった。それぞれの臨終のときには、この時の画像もよみがえり、良い顔になったらしい。

その２
　２人の正体は異星人。ラブホテルで変身を済ませ、別々の場所へ偵察に向かう。彼らの星では、歯周病菌が乳幼児の命を次々と奪っている。この星の生物は、唾液を体内で精製して循環する機能を持つ。そのため、歯周病菌は口から脳に侵入し、精製の過程で呼吸中枢を麻痺させる。歯周病菌との戦いにおいて戦績の良い惑星として地球が選ばれ、２人は派遣された。
　男女で飾り気なく、感じのいいルックスは、地球人に怪しまれないためだが、平均的な地球人として人体実験するにも有効だった。自分の星にデータを送り続けたが、２人が帰還することは叶わなかった。1人は歯周病菌に命を奪われ、もう1人は交通事故に巻き込まれた。乳幼児の死亡率は、2人が送ったデータにより大幅に低下した。彼らは英雄になったが、家族はそれを生涯受け入れられず過ごしたという。

その３
　２人は共働き夫婦。２世帯同居で双子の娘がいる。仕事が終わり家に帰ると、夫は毎日洗い物や洗濯をしてくれたが、妻は自分の時間が全く確保できていないと感じていた。双子を寝かしつけたら、そのまま自分も起き上がれない毎日。以前は、仕事後の時間は２人のためにあったのに。
　8ヵ月になった双子は、つかまり立ちができて、伝い歩きも始まりそうだ。よく笑うようになったが、夜泣きも続いていた。夜泣きは必ず連鎖した。逃げ場がない、先がみえないのが辛い。双子は可愛いのに、こんなふうに考える自分を責めた。妻は義母と夫に１時間だけ出てくると言い、家を出た。以前は、近所の喫茶店で、読書をして帰った。プールでひたすら泳ぎ、よろよろしながら帰ったこともある。
　今日は珍しく夫が追いかけてきて、一緒に散歩することになった。ホテルに行こうと言われたとき、妻は固まった。だって、そんなこと子どもを授かってからしていなかったから。手をつないで歩くうち、ちょっとだけ母から妻になれた気がした。「それもいいかもね。」やっと言えた言葉に脱力したニュアンスが出た。
　夫は昔の記憶を辿り、ラブホテルに着いたが、周りの風景は彼が覚えていたものとすっかり変わっていた。「ここは違うな」と妻が静かに呟き、他にどこかないかと共に検索を始めた。
　後に夫婦は、この出来事がなければ別れていたかもしれない。そのくらいのターニングポイントだったと、この時を振り返った。

「トントン」　車窓がノックされ、私は現実に戻った。「洗車プリカのキャンペーン中です。今購入されるとこんなプレゼントをお渡ししてました。」制服を着た若者がチラシを見せて言う。「ごめんなさい。給油プリカを持ってるから、いらないです。」前にも違う人とこのやりとりをしたなと思いながら、窓を閉めて、ふーっと息を吐いた。

　ずいぶん妄想で楽しませてもらった。ヨガスタジオでの瞑想もリラックスできるけど、妄想のリラックス効果も良いな。
　あの２人には、幸せになって欲しい。勝手に好感を持って、勝手に妄想して、そう思った。だけど、そもそもカップルではないのかもしれない。

　さあ、今日のヨガは、ハードなクラス。ヨガフローアドバンスだ。無になれるかな。呼吸は深くできるだろうか。何が頭に浮かぶんだろう。